〈6〉

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それでも胸を締め付けるような切ない恋愛や、苦しい人生を描く。 人が輝くのは本当の不幸に見舞われた後なのだ。 そんな自身が、皮肉にも不幸に陥る事となった。 今では犯罪者だ。 何をどう間違えたのか。 今でも自分は何も間違ったことをしていない、と胸を張れる。 心の貧しい者は、これだからわかりあえない。 牢獄の生活は仁にとって耐え難い環境であった。 刺激がない。 作品を生み出せない人生など意味がない。 独房で一人孤独に過ごす毎日に、一体何を得ろというのだ。 人が何を思い、何故その行動を取るのか。 仁はそこに異常に執着していた。 彼が捕まり、どれだけの人間が驚愕したか。 心に寄り添い親身になって話を聞いてくれる仁を、人徳者とまで言う人もいたのだ。 その実。 彼は決して親身になっていたわけではない。 心に寄り添っていたわけでもない。 ただ、観察していただけだ。 自分の発言で人がどう動くのか、興味だけでいたずらに刺激した。 否定はしない。 全てを肯定していただけ。 そして、背中を少し。押してやっただけだ。 仁は感心すらしてきた。 人間は何て簡単に死んでいくのだろうと。 仁は死にたいと相談してくる者に必ず言う。 「死は苦しみではない。もう楽になっても良いんだよ。」 魔法の言葉だった。 悪いのは自分ではない。 たった一言で死を選べてしまう、この時代のせいだ。 パラダイスなら、どうだろうか。 試してみたい。 自分は才能あふれる天才なのだ。 きっとパラダイスにふさわしい。 仁はそう信じてやまなかった。
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