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咲は俯くと唇を噛み締めた。
揺らぐ信念。
揺らぐ正義。
畳み掛ける桜。
「私はマリア。イエスキリストの母である。その名の下に、お前の罪を清めよう。」
思わず上げた顔から除くその目には、救いを求める小さな光。
桜はその光を黒い影で飲み込む。
「死を持って償うが良い。」
咲は咄嗟に旗を持つ手に力が入る。
…が。
手が動かない。
本能が拒絶をしている。
(あの仕打ちを、マリア様に?天使様が見ている前で?…できない。できるわけがない!)
咲はふっと力を抜くと旗をその場に落とす。
そして目を瞑り、立て膝をついた。
戦わない選択を選んだのだ。
ガブリエルのラッパの音が高らかに鳴り響く。
咲は両手を組み、頭を垂れる。
その姿は奇しくも、かつてのマリアがガブリエルにより受胎告知を受けた時の光景と同じであった。
(美しい。そして、懐かしい…。)
桜は我が子が自身の腹に宿った時の気持ちを思い出す。
可愛い、可愛い息子。
一体、どこで何をしているのか。
光に包まれながら、咲の体には異変が起きていた。
お腹の中を圧迫している何かは、速度を落とすことなく一定のスピードで更に大きく膨らんでいく。
咲は徐々に近付く死に怯えはなかった。
それどころか、歓喜ですらあった。
(私は…罪人だ。これで全ての罪が、汚れが落とされる。神の手により、召せるのであれば。これ以上の幸福があるものか。)
咲は迷ってしまった。
自分の正義は果たして本当にそうであったのかを。
理央との戦いは、彼女から彼女らしさ。コアである信念を壊してしまったのだ。
それよりも心を占めるのは、神の力で浄化できることの喜び。
神は、やはり存在しているではないか。
海岸に響き渡る破裂音。
咲が聞こえた最後のその音は、まるで祝福の鐘のように思えた。
(呆気ない。)
桜は一人、小さく笑う。
そしてぼそりと囁く。
「私は神の子の母。何をしても許される。それが例え、神を慕う者の命を奪った…。としても…。」
宙に浮いたその言葉は、ほんの少しの哀愁をまとい。
その笑い顔は、どこか悲しげでもあった。
勝者…赤石桜
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