青嵐が吹く

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青嵐が吹く

色とりどりの花畑。 咲き乱れる花たちは、数えられないほどの種類の花を満開に咲かせている。 だけれど周りの景色も華やかすぎて、花本来の美しさを魅せられていない気がする。 それよりも、際立って目立つのが———。 「あいちゃん、こっちこっち」 ふわっとスカートを翻らせ、私の手首を掴む少女。 「待って白姫」 私の声に、パッと振り返った真っ白な顔が笑う。 色で溢れた背景の中、発光しているかのように目立つ白姫の姿。 朝食を食べた後、私は白姫の部屋に向かった。 そしたら一緒に中庭に出ようというので、出てきたところだ。 中庭は、三棟繋がった建物の目の前に大きく広がっている。 広い草原のような光景だが草以外の色とりどりを見ると、やはりここは色彩街なのだと認識させられる。 「あいちゃん。姫、お花取ってきていい?」 「生きてる花は、あまり摘まないほうがいいよ」 「えー……。うんわかった。じゃあ落ちてるやつ集めてくる」 白姫はパタパタ駆けて、そこら辺に落ちている花を集めている。 どこにいても目立つ、彼女の唯一無二の白さ。 彼女は色白でまとめられないほどに白い。 この白さは、一体なんなのだろう。 「ねぇ、白姫」 彼女の視線に合わせるため、座って彼女の顔を覗き込む。 「なに?あいちゃん」 「あなた、どうしてこんなに白いの?」 単刀直入に聞きすぎたか、白姫は私の顔を見たまま呆けている。 「ごめん、悪い意味じゃなくって。白姫は特別で綺麗だなって」 六歳の子供相手だからって、あまり考えずに適当に質問してしまった。 気を悪くしてしまったかと不安になるけど、白姫は丸い目を瞬く。 そしてぐいっと私の顔に近付いた。 「綺麗?姫の白いところ、綺麗?」 吸い込まれそうな、美しい静かな光をたたえた瞳。 一瞬、あまりの透明さにくらっとした。 「綺麗だよ」 正直に本音を伝える。 そしたら白姫は若干、瞳をかげらせた。 「みんなね、姫の悪口言ってるの。色のある世界の中で、白いやつはいらないって」 胸がドキリとする。 彼女の裏で否定しているかと思ったのに、本人に聞かれているぞ。 殺害計画のことまで知っていたらどうしようかと焦るが、彼女は首を落としたままそれ以上何も言わない。 「……みんな、白姫のこと悪く言うんだね」 言葉では彼女を慰めながらも、山ノ井氏が彼女を殺したい理由はこれなのかもしれないと分かってしまった。 色で栄える街で、一人だけ色のない子が産まれた。 しかもそれは社長の娘で、六歳に育った今も変わらない。 それが何か災いをもたらすわけではなさそうだが、異常者は排除したくなってしまったのだろうか。 チラリ、視線を落とす。 もしそれだけで殺されなければならないのなら、彼女はとんだ被害者だ。 彼女自身に何も害はないのに。 「……でも、もう悲しくないよ」 白姫がパッと顔を上げた。 「あいちゃんが、姫こと綺麗って言ってくれたから。もう悲しくない」 真っ白な顔が微笑む。 それはあまりにも可愛らしくて、普通の子と何も変わらなくて目を見開く。 彼女の瞳は想像を絶するほど美しい。 その美しさは、一体どこから来るのか。 ……私は、こんなにも健気で美しい少女を殺さなければならないのか。 頭では理解しているが、目の前が陰る。 いや、今は私も何も武器を持っていない。まだ様子見の段階だ。 そう繰り返し脳に指令を出し、目の前の白姫に疑念を抱かれないように笑顔をつくる。 それから、私は 毎日白姫の部屋を訪ねるようになった。 建前はお手伝いさんということになっているのだから、周りの人間にも怪しまれないように振る舞わなきゃいけない。意外と疲れる。 「あいちゃん、今日は何して遊ぶ?」 白姫のもとへ通うようになってから三日経った。 彼女は日に日に私に対しての緊張感がなくなってきている。 それどころか懐いているような気もする。 懐いてくれるのは、こちらとしても好都合だ。 白姫は私の腕を引っ張りながら、建物のいろいろなところに案内してくれる。 「ここは姫の秘密基地。誰も知らないんだよ」 花畑の隅にある小さな白い小屋。 わかりやすい白い板でできており、三角屋根に四角い土台のいたって普通の小屋。 カラフルな視界の中でよく目につく白い小屋だから秘密になっていない気がするが、白姫はこの場所がお気に入りだという。 大きさは白姫一人入れるか入れないかぐらい。悪い意味ではないが、犬小屋に近いサイズだ。 「でもなんで秘密基地のことを私に話すの?誰も知らないんでしょう?」 会って三日の私にその存在を話すってどういうことなのか。 何か事情があるのかと深読みするが、白姫はそんなのお構いなしに笑う。 「だって、あいちゃんは私の大好きな人だもん。あいちゃんになら、話せる」 白姫は心の底から楽しそうに笑っている。 私は、彼女に発する言葉を迷っていた。 懐くどころか、彼女は完全に私に心を許していることが分かった。 それが嬉しいのに切ない。 私は彼女を騙している。最終的に、彼女を殺すのだ。 相手に油断されているほど仕事はやりやすい。 そもそも六歳の子供なんだから、さほど本社も山ノ井氏も警戒していなかった。 ただ、三日過ごして私は分かっている。 彼女は幼いながらも、周りが自分に向ける目を理解している。 それが好意じゃないことも、皆が自分を差別化しようとしていることも理解している。 だからあどけなく振る舞いながらも、奥に隠している警戒心が強い。 そんな生き方をしてきたから、部外者の私に懐いた。 一回、私が彼女を肯定した「綺麗だよ」の一言。 あれが白姫の心に強く刺さったのだろう。 私は未だ言葉を発せないまま白姫を静かに見つめた。 白姫は、どれほど悲しい人生を歩んできた? 「あいちゃん?」 ずっと黙ったままの私を見て、白姫は小首をかしげる。 私は、すぐに取り繕うと笑みを浮かべる。 だけど純粋で無垢な彼女にこの笑顔を向けるのは一体良いのかと判断に迷って、表情もつくれない。 …………本当は迷ってはいけない。 黒の仕事をするとき、私情を持ち込んではいけない。 感情に左右されるようでは仕事は務まらない。 今まで必死に頭に叩き込んできた。 何十回も何百回も言い聞かせてきた。 もう揺らぐことはないと思っていたけど、現に感情が揺らいでいる。 人として正しい感情と、植え付けられた在るべき感情。 そのどちらも取れずに私はただ視線を落としている。 「……ごめん、白姫」 私は彼女にそう告げ、その場を離れた。 「あいちゃん!」 背を向ける瞬間、彼女に手首を掴まれそうになった。 即座に察してそれを拒否する。 六歳の少女相手に真剣に悩んで馬鹿みたいだと、自分の脳が暗示をかけようとしてくる。 それを振り払うように、私はいつの間にか走っていた。 「それで、どうだ。娘には察せられてないか?」 「ええ。問題ありません」 その日の夜、私は山ノ井氏の部屋に招かれた。 穏やかな表情を作り、秘書が入れたコーヒーを飲む。 「藍下くんは実に仕事がよくできる人材だね。さすが本社の人間だ」 「恐縮です」 笑みを返しながら、考える。 私がここに来てやっている仕事は白姫の相手をすることぐらい。 社長に褒められるような仕事は何もしていない。 「あの娘を相手にここまで立派に振る舞うとは、ただものじゃないとみた」 山ノ井氏は愉快そうに笑い、カップに口をつける。 そういうことか。 私は何も言わずに、作り笑いだけでこの話を終わらす。 ……山ノ井氏が白姫に相当な嫌悪感を抱いていることはよく分かる。 ただ白姫の何がそんなに気に食わないのか。 色がないとは、この色彩街ではそんなに問題のあることなのか。 油断すれば口をついて出ていきそうになる本心を、必死に押し留める。 私の焦らされるような気持ちは、突如鳴った私のスマートフォンによって消された。 「すみません」 「いや問題ない。急用か?」 山ノ井氏の言葉に手元を確認すると、課長からのメールだ。 「上司からです。少し確認させてください」 山ノ井氏が「構わないよ」と頷いた後、私は操作してメールを確認する。 素早く一読し……嫌な予感に胸の底がザワザワとする。 スマートフォンをしまった。 「……明日、本社の人間がもう一人来るとの連絡でした」 課長が、明日色彩街に来るというのだ。 なぜ急に?私だけじゃ頼りないと判断された? 「ほう。応援が来るのか。頼もしいな」 山ノ井氏はますます愉快そうに笑う。 私は複雑な心情でそれを見ていて……なぜ山ノ井氏が、今の私の発言だけでが来ると分かったのか疑問に思った。 「あと少し、あの娘を頼んだよ。藍くん」 山ノ井氏は瞳を細める。 その目は、親しみを浮かべながらも奥に闇を感じずにはいられない。 「……承知いたしました」 痛みも恐怖も全てなくした顔で、私は返事をした。 山ノ井氏の部屋を出た後、私は中庭に出た。 この街は、夜でも華やかだ。 エメラルドグリーンの空は少しだけ暗い色に染まり、まだ少しだけ暗い昼間のような景色。 昼間は鮮やかに視界に入ってきた花々も、今見ると闇に埋もれてなんだか毒々しい。 私は夜風に当たって考える。 ……私は、仕事のためにここに来た。 甘い考えを持ってるほど暇じゃない。 山ノ井氏から出された白姫殺害の依頼。 職務を果たさないと、私はここにいる意味がない。 たとえそれが、どんなに理不尽でも。残酷でも。 それに、まるで動き出すタイミングを図っていたかのような課長の素早さに、違和感を感じずにはいられない。 もう課長は発っている……ということは、決行の日が着々と迫っている。 ———私も、もう覚悟は決まった。
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