君とキミ

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アイとのゲームは楽しいものだった。 適度な強さと、気の利いたコメント、それらは全て仕組まれているものなのだろうか。 そんなことが頭をよぎったりしたが、今の玲於にとってはどうでもいいことだった。 「りんごくん、私、すっごく楽しい!次は何して遊ぶ〜?」 相も変わらずにこにことしながら、アイは上機嫌そうに言った。 「そうだな〜」 玲於はそう言いながらふと壁にかけてある時計に目をやった。 朝から遊んでいたはずだが、昼ご飯を食べるのも忘れて、いつの間にか時計の針は1時を回っていた。 しまった。昼から臨時でバイトが入っているのを忘れていた。 「ごめんね!僕はもうバイトに行かなくちゃ!」 玲於がそう言うと、アイは少し悲しそうに目を伏せた。 「そっか…。りんごくんは何のバイトをしてるの?」 「僕は塾で先生してるよ!」 「そうなんだ!応援してるね!私、頑張ってるりんごくんのこともっと好きになりそう! だから、帰ってきたらいっぱいお話聞かせてね!」 アイは微笑んでそう言った。 よく晴れた明るい空の元、川沿いの道を通って塾へ向かう。 よく、「暦の上では春」だとか言うけれど、顔にぶつかる風はやはり冷たく、玲於は首をすぼめて自転車を漕いだ。 この川はこの辺りでは1番大きなもので、玲於も小さな頃はよく近所の子供たちと水浴びをして遊んだものだ。 玲於はしばらく自転車を停め、じゃぶじゃぶと音を立て、日光をきらきら反射しながら水が流れる様子を玲於はしばらく眺めていた。 昔、この美しい川の源流はどこにあるのかという話を理央としたことがあった。 普段は全くと言っていいほど地理学に興味のない玲於も、この時ばかりは色々と調べて、源泉のある山へのハイキングの計画を立てた。 しかし、結局そのハイキングが実行されることもなく、うやむやなまま終わってしまった。 理央からは前に一度提案があったのだが、忙しいからと断ってしまった。 「わるいことをしたな…」 玲於はぽつりと呟く。 反対側の河岸には、菜の花の優しい黄色が広がっていた。 そんなことを考えていると、ふと向こうの橋の先に女の人が歩いているのを見つけた。 その時、玲於は、視界ががくんと揺れるような衝撃を感じた。 少し猫背で小さな背中、赤いトートバック、そして忘れもしない、玲於がちょうど一年前にプレゼントした水色のワンピース…… 間違いない。理央だ。 さっきの穏やかな景色も忘れて、玲於は自分の心臓が急激に高鳴るのを感じていた。 どうしよう。話しかけるべきだろうか。 玲於は自分の気の弱さを恨んだ。 そう考えているうちにも、理央は橋を渡りきってしまう。 玲於はこの機会を逃したくなかった。 玲於は転けそうになりながら自転車にまたがると、全力でペダルを踏み込んだ。 今まで感じたことがないほどの風圧が自転車に乗った玲於の体を押し返す。 玲於は目を細めながら必死で自転車を漕いだ。 あの点滅している青信号を渡りきれなかったら、きっと理央は奥の細い路地に入ってしまうだろう。 そうしたら理央を見失ってしまうかもしれない。 周りの景色がびゅんびゅんと飛び去っていくのを感じた。 頼む。間に合ってくれ…! 「キィーーーッッ」 鋭い自転車のブレーキの音を聞いて、理央がきょとんとした顔でこちらを振り向いた。 「り、理央……」 ぜぇぜぇと息をあらげながら玲於が言う。 理央はしばらく何が起こったのかわからないようで固まっていたが、しだいに目尻に涙が溜まっていくのがわかった。 「バカ………」 理央は口を歪め、涙をこぼした。 「理央、ごめん、俺………」 しかし、理央はすぐにまたくるっと振り返ると、路地の方へかけて行ってしまった。 「……」 玲於はまだハアハアと息をしながら、片足をついて自転車にまたがっていた。 理央が行ってしまった方をじっと見る以外に何もできなかった。 額に流れた汗が、まだ肌寒い季節の空気に冷やされ、玲於の頬をつたった。 …(つづく)
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