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「これも向こうの世界に同じのがあった。あっちでは『勺子』を『スプーン』、『叉子』を『フォーク』と言うんだ」
進は手にした自分の勺子を示して笑った。
電視からの光を反射して銀の食器が玉虫色に煌めく。
「日本街より日本の方が洋風なのね」
うちのお父さんも最近は良く日本街に出張するが、「途中の租界區で洋装を借りて着替えるのが大変だ」とはよくこぼすものの、食器の呼び方まで違うという話は聞かない(ちなみに、私たちと日本街の人たちは互いの地域に行く時は街中で浮かないように途中の藍灯租界區で服を借りて着替えるのが普通だ。職場でも出張の際は貸衣装手当が出る。ただ、衣装は変えても、特に男性の場合は洋装でも辮髪だったり長袍でも短髪だったりして、本当はどこの住民か一見して判ってしまう)。
「ああ、でも中途半端に洋式なんだよ。電視を『テレビ』とか変な略語で読んだり米飯と味噌汁に洋風の肉料理付けた食事だったり」
長袍の肩を竦めて鉄観音をまた一口飲む。
「母さんが冷蔵庫で冷やして作るのも麦茶ばっかり。夏はそれが一番だって。温かいお茶はたまに緑茶を淹れるだけで、後は洋式の紅茶や珈琲が多かった」
思い出しても不満なのか、ふっと大きく息を吐いた。
「おばさん、鉄観音や西湖龍井好きなのにね」
私もまだふくよかな芳香を放つお茶に口を着ける。
進がこんな風においしいお茶を淹れてくれるのは母親譲りだ。
「向こうの世界ではダージリンだ、アールグレイだって紅茶ばかり買ってたよ。鉄観音や西湖龍井は買わないのか聞いたら『中国茶は良く飲んだことないし要らない』って」
「カオリ」という向こうの世界の私もごちそうになるのは紅茶ばかりだったのだろうか。西瓜に紅茶では食べ終わった後に口の中が真っ赤になりそうだ。
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