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「────まさか。お慕いしておりました」  棘で割れてしまった部分から、じわじわと黒が漏れ出て行く。  やめて。もうこれ以上、苦しくなりたくない。  今更何を言っても結末は変わらない。  それなのに、黒が私の舵を奪っていく。 「幼き頃から顔を合わせ、名を呼び合い、共に過ごした時間……。わたくしは幸せでした。あなた様の隣に立って恥じぬよう、あなた様の力になれるよう、あなた様との未来を信じ、見続けてきました」  私の仮面は、仮面だけは、壊れていないだろうか。  ”王族の妃に相応しい微笑み”は、まだ作れているだろうか。  ひたりと、リュヒテ殿下を見た。 「最初は政略だったかもしれませんが、共に過ごした日々に嘘はないと信じておりました」  静かに伏せられていた陛下や王妃様の視線。  痛ましいものを見ていられないと逸らされていた視線が、徐々に注がれていく。 「そして、あなた様からの。わたくしへの気持ちも嘘ではなかったと、想い出だけはそのままいただきます」  私は婚約者であったリュヒテ殿下を見つめ続けた。目に焼き付けるように。  もうこんなに重く、激情に駆られた目で見ることはやめるから。視線を逸らさないで欲しい。最後に絡む視線がこれだというのはあまりにも寂しいけれど。  自分の気持ちを断ち切るように、今度は私から目を閉じた。 「あなた様とわたくしの未来は重なることは無くなりましたが、これからもずっと変わりなく。あなた様と、あなた様の大切な方の」  ゆっくりと、頭を垂れる。 「幸せを、心よりお祈り申し上げます」  顔を見られたくなかった。  もう何も見たくなかった。 「この度は、おめでとうございます」  愛しているあなたを嫌いになりたくなかったから。
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