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「えぇ、そう……」 「……っ、あの、マリエッテ」  頭上から殿下と王女様の声が同時に聞こえてくる。  近づかれるような気配を感じ、身を低くしたまま後ろに下がる。 「わたくしのことを哀れと少しでも思うなら、もうここで御前を失礼させてくださいませ」  一歩、近づけば。  私も下がった。 「どうか」  繰り返し、もうやめてほしいと訴えた。  限界だった。漏れ出てしまった黒にのまれてしまいそうだった。  泣いてわめいて、手を振り上げて、幸せになんてしてやるものかと呪詛を吐いてしまいたいと暴れる黒をおさえるのに必死だった。  そんなことをさせるなんてひどいと、とにかく責めてしまいそうだった。  誰よりも愛している人を嫌いにさせないでほしい。  思い出を汚さないでほしい。  最後に、それだけでいいのだ。    それだけでも願ってはいけないのだろうか。 「……あぁ、下がってよい」  それが通じたのか、国王陛下の芯に響くような声が静かに落とされた。 「父上、少し待ってください」  リュヒテ殿下の焦ったような声に被せるように、カンッと国王陛下の杖が床に打ち付けられ、静寂が訪れる。 「……マリエッテやダリバン公の忠義、忘れることは無い。また改めて場を設けよう」  そのまま私は王宮から逃げた。  あの部屋から、自分の責任から、自分の中に巣食う黒から、逃げることを選んだ。  ────【恋心を忘れる】という魔女の秘薬を飲んで。
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