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目を開ける。
朝だった。
とても気持ちの良い朝だ。空気が澄んでいて、気持ちがいい。
ぼんやりとしていた意識がだんだんと輪郭をとらえると、喉に残る不快感がわかった。
そういえば昨日の薬はとんでもなく不味かった。毒物なんじゃないかと一瞬思ったが、そのまま死んでもかまわないとすら思っていたのだ。
しかし、どうやら毒ではないみたいだ。
だって、とても清々しく、普通の気分だったからだ。
妙に元気だとか多幸感があるわけでもない。悲しくもないし、怒りもない。何も無かった。
自分の中が空っぽで、目に映る景色をただそのまま見るだけ。色も温度も、そのまま自分の中に染み込んでいく感覚だ。今はただ、朝の空気が気持ちよかった。
昨日のことは覚えている。とんだ”災難”だった。
嫉妬か何か知らないが、頭がおかしくなっていたに違いない。
魔女だとかいう怪しい存在に薬をねだり、それを口にするなんてとんでもないことだ。
「恋心って人を変えるのね」
毎日つけている日記に目を通し、記憶に穴があるか確認したが全くない。
変な恋愛小説でも読んでいるかのような酔った文章が気色悪いが、恋に頭を乗っ取られた乙女はそういうことをしがちなのだろう。
朝食の席について両親と会話したが、婚約は白紙となったが家のことは気にするな、気を落とすなと気を遣われた。皆が妙に優しく、気色が悪かった。
今まで家族とは王太子妃教育の一貫で距離を置いた関係で過ごしていたと思っていたが、改めて見ると家族は家族なりに私を大切に思っていてくれたようだ。
気色悪いが、なんだかむずがゆく感じて殊勝な態度でやり過ごした。もう少しだけ甘えても罰は当たらないだろう。
────そんな、いつもとは違う穏やかな朝だったのだ。あの顔を見るまでは。
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