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静かな資料室で、圭一は姿を現し、パソコンに向かった。
打ち合わせ通り、本部内の協力者が本体を立ち上げ、使える状態にしてくれている。
欲しい資料の格納場所も教えてもらっていたため、すぐ見つかった。確かに御所総代が最初に言った通り、この作戦は意外と簡単かもしれない。
ここはこないだ見たより古い記録の保管場所だった。一応その協力者とやらに御所総代を通じて、ここ以外は見ないよう釘を刺されている。
普段の圭一なら無視して情報を漁るところだが、御所総代の顔を立てて、それはしないと約束した。
新しい方から遡っていくと、やがて、ファイルの中身が書類をスキャンしたものに変わった。紙で管理していた時代の記録だとわかった。
てか、結構最近まで紙で管理してたのな。
ひとつ圭一は、気になることがある。こないだ『見せられた中には怪異先輩がいない』と言ったあの時、八咫烏が何も言わなかったことだった。
見せたリストに奴がいないことを最初から知っていた…いや、八咫烏はもう、あの怪異先輩が誰かを知っているのかもしれない。常世教団について、鴉隊は捜査を極秘に継続中だとしたら、なおさらだろう。
では何故俺にいちいち面通しさせたのかって話だが。
一番面倒臭い可能性は、どこかの誰かに、怪異先輩のことをもう知ってると思われたくなくて、そいつに向けて『知らないから捜査してます』とポーズをとっていたってことだ。
つまり、本部に裏切り者がいる可能性が…… うーん、考え過ぎかな。
いずれにしても、仮に今日怪異先輩の正体がわかったとして、下手に動くと、鴉隊の動きを邪魔することになる。
それがいいのか、悪いのか。
まあ、あまり考えないようにしようと圭一は思った。
そういうことは、あの矢鱈と肝の据わった御所総代が考えることだ。
俺は任されたことをやりゃいい。集中しよう。
圭一は作業を続けた。
資料室の窓の外の木の枝の上で、彰志は静かに座っていた。警戒範囲は以前よりはるかに広がり、彰志には建物内の人間の数だけでなく何をしているかまで、一人一人を精細に把握できた。
ただ、あまり神経質に用心する事もなさそうだ。
資料室に用のありそうな動きをする人間は、今のところいない。
そして三階は無人だった。お偉いさんは、少し前まで何人かいたが、全員出払った。
八咫烏も一日外出予定とのことで、安心だ。
たださっき、一瞬だけ、何かのエネルギーというか、そういうものが向こうの方で『出た』気がした。
何があった? もし大事なら、この本部ですぐ動きがあるはずだ。
だが、本部内は平穏だった。
なら、いいか。
本部でも、建物の外は中ほど警戒されていない。
蛇の道は蛇と言う程でもないが、フリーなら誰でも知ってる、本部敷地への出入りを気付かれないルートがいくつかある。
ナベちゃんの仕事が終わったら、そこを通って二人で一旦本部の敷地の外に出る。そして何食わぬ顔で外から来て、鴉隊詰所前の総代と潤に合流する。
こんな回りくどい事しなくても、もっと簡単に出来たかもしれねえな。
この時は、彰志はそう考えていた。
「伊東ちゃん、伊東ちゃん」
どこからか、ナベちゃんの声がした。影から呼びかけている。
気付くと、もう一時間近く経過していた。
「あのさ、見つからねえのよ」
「え?」
彰志は眉根を寄せた。
「鴉じゃねえってあると思う?」
「いや…… トサミネは鴉、間違いねえよ」
本家が剣技を一族にしか伝承していないため、大先生は遠慮して鴉だけに伝えていると、彰志は聞いている。
もし大先生が広く業界に伝授したら、そっちが本流になりかねないからだと。
「ちょっと時間かかり過ぎちゃってるよね」
ナベちゃんは呑気な物言いに、焦りを滲ませている。
「落ち着いて、もうちょっと見てくれ。俺の警戒してる範囲なら、まだ異常なしだ」
「オッケ、やってみる」
てことは、総代と潤は一時間も詰所前のベンチに座ってるのか。
何やってんだって思われるしかねえな……
彰志のこの時の心配は、半分外れ、半分当たった。
御所総代と潤は、この一時間、ただ詰所前のベンチに座っていたわけではなかった。
何故なら、周囲から『何やってんだ』と思われるしかない事態に巻き込まれていたからだ。
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