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え?
おっさん、今日一日、いないんじゃなかった?
彰さん達、大丈夫?
前門の虎後門の狼という言葉が一瞬、潤の頭に浮かんだ。
違う、ピンチはチャンスだ!
てかこの際、もう誰でもいい!
「助けてよ! あいつ、うちの総代連れてっちゃおうとしてるんだよ!」
「はあ?」
このおっさんは、マジで何言ってんだって顔をした。
「本当なんだって、止めさせてよ! こういうの取り締まるのも鴉隊なんだろ!」
潤に言われて、八咫烏は宇陀川総代と抱えられている御所総代を改めて見やり、面倒くさそうに舌打ちをした。
「総代同士の揉め事を、鴉が取り締まり出来るか」
「何でだよ! 酷いだろ、困ってるのに見捨てるのかよ!」
「鴉隊は総庁の組織だ。総代間の争いは取り扱ってねえ」
「おっさんだって総代家の人じゃんか!」
「だから余計に、簡単には口出せねえんだろうが!」
なんだよこいつら!
じゃもう頼まねえ。鬼の目を宇陀川総代に向け、一瞬の隙が見えた。
一気に鬼化して総代を取り返す!
その時、肩に誰かの手が触れ、潤の体を衝撃が貫いた。
う、動けない!
倒れそうになり、一歩足を踏み出して、ギリギリ耐えた。
何だ、今何されたんだ?
「あれは誘いだよ、乗ったら斬られるって」
体が痺れて動けないところに話しかけてきたのは、月出さんと一緒にいつも八咫烏にくっついてる、お兄さんだった。
「ここは我慢しなくちゃね。あと、これで倒れないって、潤君凄いね」
え、止めてくれたってこと?
いや、もうちょい優しいやり方無いの?
遅れて、感電したと潤は気付いた。このお兄さん、雷使うんだ。
月出さんも、八咫烏の後ろで、こっちを心配そうに見ていた。
お兄さんは、にこやかに愛想良くあいつに呼びかけた。
「宇陀川総代、御所総代が八咫部のお気に入りだということは御存じですか?」
「知ってるさ、だから横からかっ拐うんだろうが。俺も、もう少し発言権が欲しくてな。いつまでも八咫部の爺ィに良いようにはさせねえつもりだ」
「御所総代を連れて行って、どうするつもりですか?」
「政略結婚てやつだ、嫁にする」
宇陀川総代がそう言った時の、三人の顔は、何て言ったらいいんだろ。
目が点、てやつ?
場が一瞬、静まり返った。
「はーん、そいつぁ……」
八咫烏が、ようやく言った。
「名案だな」
「え?」
「ちょっ、隊長……」
「何言ってんのおっさん!」
月出さんとお兄さん、そして俺がびっくりしてると、八咫烏は構わず、うちの総代に呼び掛けた。
「おい御所、手前ェならその馬鹿を、内から崩して潰す位ェは訳ねえだろ。宇陀川はその馬鹿より御所が仕切った方が、よっぽどマシになるだろうよ」
この言葉に、宇陀川総代は相当カチンと来たらしい。
「八咫烏、俺を馬鹿と言ったな?」
「個人的見解だ」
「三男風情が、調子に乗るんじゃねえぞ」
「あの鐵火起請を目の当たりにして、そいつを嫁にした位で手前ェの思い通りになると思ってんなら、目出度えにも程がある。これが馬鹿でなくて何だ?」
「テメ、八咫部と思って俺が事を荒立てねえと思ってんじゃねえだろうな」
宇陀川総代が、刀の柄を離し、拳を握った。
あ、そうか、流石におっさんに斬りかかるわけにはいかないんだ。
その時、潤は総代がもぞもぞ動くのが見えた。
総代が再起動してる。
話が馬鹿とおっさんの口喧嘩に変わったから、正気に戻れたんだ。
殺気立って来た宇陀川総代と違って、八咫烏は両手をズボンのポケットに入れたままで、つまり全然戦闘態勢じゃなかった。
おっさんはそのまま、また御所総代に呼び掛けた。
「御所、この馬鹿面を俺が本部で二度と見なくて済むよう、念入りに潰しとけよ!」
「んだと、このクソ鴉……」
宇陀川総代は、すっかり八咫烏に気を取られて、御所総代が片方の手袋を外したのに気が付かない。
あ、アレだ。
総代が前に言ってた『触れると大変な事になる』ってやつ…
「ぎゃああああああああ!」
突然宇陀川総代が叫んで動きを止め、御所総代を抱えたまま、どすんと倒れた。
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