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「総代!」
潤は叫んで、駆け寄った。
総代は宇陀川総代の下敷きになって、じたばたもがいてた。
お兄さんが馬鹿を引き剥がしてくれて、月出さんが総代を助け起こしてくれた。
詰所の方から、担架だ! とか大声が聞こえる。
「たたたた、助かりました…… あ、すみません、ありがとうございます」
月出さんが、総代の土埃を払ってくれていた。
「何が起こった? 手前ェ、何した?」
近寄って来た八咫烏に、潤は思わず総代と二人で駆け寄った。
「おっさん、総代を正気に戻してくれてありがとう!」
「本当に助かりました、命の恩人です!」
それは言い過ぎだよ、総代。
「何の話だ手前ェら!」
おっさんはそう怒鳴って威嚇して、俺たちを寄せ付けなかった。
「御所、この馬鹿に何をした?」
「掌から宝珠を押し付けました」
総代は、手袋を嵌めながらそう言った。
「え、宝珠って……」
「あの宝珠?」
月出さんとお兄さんは目を丸くした。
おっさんは一瞬絶句して、その次に滅茶苦茶怒った。
「手前ェ、獲られちゃならねえこの世の宝を、スタンガン代わりに使ったってえのか!」
「ああスタンガン。私、護身用に持ち歩いた方がいいんでしょうか?」
「いいや、参考までに言っとくと、かなりのヤツでも御術使には効きません。総代ならなおさらね」
お兄さんが、苦笑いしながら教えてくれた。
「僕か隊長があの方に一発殴られれば、後は何とかなったのに。無茶し過ぎです」
そうか、そういう作戦があったのか。潤はひとつ学んだ。
でも総代は首を振った。
「それは良くありません。総代の力で殴られたら、いくら隊長や星野さんでも、相当の大怪我しませんか?」
「流石に手加減してくれるはずだよ。多分だけど」
それも結構無茶じゃないかな。
その無茶を、この二人が引き受けようとしてくれていたと知って、潤は驚いたし、ちょっと嬉しかった。
でも素直にお礼を言おうと思った瞬間、八咫烏に怒鳴られた。
「手前ェら、騒ぎばっかり起こしてんじゃねえ! こないだも鬼妖に狙われたってのに、屋敷で大人しくしてろと言っただろうが! 伊東はどうした?」
「伊東さんなら、今お友達と一緒に」
「肝心な時に居やがらねえなあいつ」
舌打ちをして、またおっさんが歩き出そうとしたのを、総代が慌てて止めた。
「お待ちください! 隊長、どちらへ?」
「ああ? これから本部に寄るところだ」
え、本部?まだ彰さんたち帰って来てないんだけど!
潤は焦ったが、幸いその瞬間は、顔が八咫烏じゃなくて総代の方に向いていた。
「その用事は、お急ぎですか?」
「急いじゃいねえが…… 手前ェまた何か企んでるな?」
おっさんは、本当に嫌そうな顔で、嫌そうに言った。
「実は私、本日これをお持ちしました」
そう言いながら、総代は上着の内ポケットから、三通の封筒を取り出した。
御所家総代宛の『御事情御聞かせ願』という書類が入っている。
つまり、総代に対して鴉隊からの、事情聴取の召喚状だ。
三通とも、前に総代が鴉隊詰所の入っちゃダメなところに入り込んで、資料を無断で閲覧した、そのことについて話を聞かせろと言う内容だ。
三通も溜めたのは、行こうとは思っていたけど、いつも他のもっと重要な件で潰れたり、八咫烏の都合がつかなかったりしてたから、らしい。
そんで彰さんに言わせると、どんな理由があろうと三通も溜めたら、普通の御術使なら、タダじゃ済まないらしい。
その三通は今日、万が一八咫烏が本部に帰って来た時に詰所に足止めするための、切り札だった。
封筒を受け取って、八咫烏は怪しんだ。
「何で今頃応じる気になった?」
「私もそろそろ総代会入会が叶います。その前に身綺麗にしておきたいと思いまして」
おっさんはしばらく胡散臭げに総代を見ていたが、やがて心を決めたようだ。
「よし、じゃ詰所に来い。何かは企んでんだろうが、乗ってやる。いい機会だ、手前ェにはたっぷり灸を据えてやるからな」
顎で促して、八咫烏は目的地を本部から詰所に変え、歩き出した。
総代は潤に囁いた。
「隊長は、この騒動に気を取られたようです。伊東さん達のことはまだ気付かれてません。後は私が時間を稼ぎます」
詰所に入っていく一同を見送り、潤はベンチにへたり込んだ。
た、た、助かった……
そして心の底から、安堵の溜息をついた。
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