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『そして、私が本部に着いたのは同日、つまり去年の十一月四日火曜日の午前十時十分頃、車を停めたのは本部東駐車場の北から三番目、西から二番目の五十七番です。全体では十二台停まってました。南西の通路から本部敷地に入りまして、中央通路東側の南から四番目の松の木の前で土佐弥総代にお会いしました。土佐弥総代は珍しく洋装で、グレーのジャケットに同色のベスト、スラックス、白のシャツに紺のネクタイをなさってまして、黒の革靴、帽子は濃いグレーの……』
『昴、全部記録してるか?』
八咫烏が、これ以上ないくらいの低音で聞いていた。
『はい……』
返答したのは、八咫烏に月出と一緒にいつもくっついている男だった。
なんか、疲れてるようだ。
『その時に十三分ほど立ち話をしました。朝から一日曇りでしたので寒くて、天気予報ではその日の魅嶋の最高気温は九度でしたし、最近寒くなりましたねと私が言いましたら、冷えるから湯タンポが手放せないと土佐弥総代が仰いました。その時、茶トラの猫が西から南東へと通り掛かって、話題は土佐弥総代のお孫さんの家で最近飼ったという猫のことになり、てっちゃんという男の子が……』
ダン、とテーブルを叩く音がした。
『どうでもいいことを全部話すな!』
『覚えていることを全部話せと言われましたので』
御所総代は相変わらず、八咫烏の剣幕にビクともしない。
『手前ェ、鴉をナメんじゃねえぞ。全部検証してやるからな。その長っ話に一つでもウソがあったら、虚偽証言で挙げてやる』
『そうですね。ですから、私が沢山話せば話すほど、そちらが有利です』
ここで獣のような唸り声が聞こえたが、これは八咫烏だろう。
ここまで確認して、二人は戸から離れた。
「え、御所総代、めっちゃ覚えて過ぎね? あれホント? 十一月って、えーと、四ヶ月も前じゃん」
ナベちゃんは引いてた。その気持ちはわかる。
「まあ最初は驚くよな。俺らはもう慣れてっけど、こう改めて聞くと感心するっつーか、引くっつーか」
「ちょっと思い出したいときに、総代に聞くといつもちゃんと答えてくれるから、便利なんだよね」
「総代の記憶は、年月日、曜日、時間付だからな」
「えええ、それじゃ所属が総代を、カレンダーメモに使ってんじゃん」
「いや便利だから、つい」
「あんまり聞くと怒るときあるけど」
「そうなんだ……」
「そんでさ、そうやって総代が覚えてること全部話すからさ、始めてから三十分くらいしてから、おっさんがほんっとメチャメチャ不機嫌になって。それからずっとこんな感じなんだよ」
「てか、潤君、そこで中の声全部聞こえるんだ?」
「へへ、うん、集中すればね」
潤の話を聞いて、ナベちゃんはしばらく考え込むと、やがて意を決し、影に入った。
彰志は察して、慌てて止めた。
「おい、ナベちゃん、待て、早まるな!」
「止めてくれるな伊東ちゃん」
彼は、危険を犯し、この取り調べで八咫烏が御所総代に供述の絨毯爆撃―― いやもっと地味だな、F5アタックか?―― 喰らってるのを、見物しに行ったのだ。
無茶しやがって。
ナベちゃんは応接室に入り込むと、しばらく出てこなかった。
やがて無事帰還し、姿を現したナベちゃんは、涙目で肩を震わせ、口を抑えている。
笑いを必死で堪えていた。
「い…… 伊東ちゃん…… 俺、もう思い残す事ねえよ……」
彰志の肩にポンと手を置くと、ナベちゃんはやっとそう言って、しばらく肩を震わせたままだった。
大満足のようで、何よりだ。
ようやく落ち着くと、彼は言った。
「これじゃ長くなりそうだね。俺、先帰るわ。是非また誘って!」
「わかった、また連絡するよ」
「ナベさん、またね」
その後、更に二時間ほど経ったところで、一通目の件の供述が終わり総代は開放してもらった。
残り二通分はどうしましょうかと総代が聞いていたが、八咫烏は鬼の形相で無言を貫いた。
これはずっと後で聞いたことだが、この日の御所総代の供述は全て、鴉隊で出来得る限り裏を取ったらしい。
そして判明した範囲で何一つ、間違っていたことはなかったという。
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