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8 奥許し
息が白い。
昼間は大分暖かくなってきたが、夜はまだ冷える。
ここは御所家所有の山奥の土地で、簡単に言うと広い荒れ地だ。
周囲にキロ単位で人家は無く、もし何か修業みたいなことをするのだったら、ここを使っていいですよと、総代に言われている。
彰志は目を閉じ、ふうと長く大きく息を吐く。
腰を落として目を閉じる。
集中し、呼吸を整え、目を開けた。
一閃。
何も出なかった。
一度だけ『野分』を出せて以来、毎晩ここに来て刀を振るっている。
それらしいものが出るときもあるが、大体はそもそもが不発。
神の力を借りられたところで、これが今の自分の実力だろう。
大きく息を吐く。これはため息だ。
集中しなくてはならないのに、あの日、あの夜の事が、どうしても甦る。
当時は、鴉隊で生き残ることに必死だった。
速さを評価されて入隊出来た、そこを生かす。
動きの正確さも評価されると、分身で同調する技をいくつも身に着け、それは敵の足止めにしても乱戦下で封じを張るにしても、現場の後方支援として上から重宝された。
一部で『器用貧乏』と陰口を叩かれてたのは知っていたが、器用の部分は誉め言葉だ。
半分でも褒められてるんなら、中途だったら上等だ。
なんとか、鴉隊の一兵卒としてやれそうだ。
それ位の自信は持ち始めた、その頃だった。
大先生の直稽古のメンバーに選ばれた。
直前、ある現場で手柄を立てた。
班で出動した際、前線が崩れたのを彰志の粘りと指揮で後方組が立て直し、最小限の被害で怪異を退ることができた。それで班長が推薦してくれたのだった。
当時総班長だった八咫烏は、渋い顔を隠そうともしなかった。
一週間、盛大にしごかれた。それでも彰志には手応えがあった。思ったより着いていけている。
自分の速さと動きの正確さは、生まれつきに劣ることはない。それを再確認して、自信を深めた。
最終日、居並ぶ訓練参加者を前に、大先生が小柄な姿を見せた。
大先生は参加者をぐるりと見回すと、嬉しそうに言った。
「お前ら、今回はなかなか粒が揃ってたじゃんか」
褒められて、場が少し緩んだ。
「じゃあ今度こそいるかな」
その言葉に、先輩何人かが緊張し、そのことに、彰志を含めた新人は戸惑った。
「これから俺が、土佐峰流の奥許しを見せる。追川、野分、天狼だ。見えた奴は名乗り出るだよ」
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