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そんな重要なことを、まるでお茶でも淹れるから飲めみたいな口調で、いきなり言われた。
老人は三回刀を振るい、納刀した。
続く無数の斬撃、地割れ、豪風。
鴉達は一斉に散った。
広く平らな草っ原は一瞬で豹変し、一面地割れと隆起で見る影も無い。
はるか向こう、周囲の雑木林が何十本と、一斉に倒れた。
これだけ離れているのに、大木は胴を根元から両断されている。また、風で根本から引っこ抜かれた木が大小、散乱していた。
殺気を感知する間も無く繰り出された、三つの技。
その威力に皆、言葉を失っていた。
「見えた奴はいるか」
大声で問われたが、名乗り出る者はいなかった。
「そうかい。じゃしょうがない」
特訓の最終日の午後は、これだけだった。
他の鴉もやがて帰っていく中、彰志は長い間、そこから動けなかった。
その夜、彰志は大先生に呼び出された。
教官室に入ると、小柄な老人は椅子に座って愛想よく笑った。
「お前が伊東か」
「はい」
「中途だって言うじゃんか」
「はい」
「お前、あん時見えたのに、何で見えたって言わなかっただ」
大先生は勿体振ること無く、いきなり本題を持ち出した。
彰志は、それを見抜かれていたことに驚いた。
「見えましたが、自分には再現できません」
彰志が正直に答えると、大先生はハッハと笑った。
「見えたんなら、出来るだよ」
「無理です」
「無理じゃない、見えたんなら、出来るはずだ。生きてりゃ必ずだ」
大先生の声は、彰志に響いた。
「中途だからって遠慮するこたァ無いだ。やってみせろ。少なくとも、他の連中には俺の奥許しは、見えもしなかっただからな」
そう言われて、心の中に暖かいものが広がった、その感覚は今でも良く覚えている。
少しの間を置き、大先生は言った。
笑顔が消えていた。
「だから伊東、お前は鴉を辞めろ」
「え?」
言われている意味がわからなかった。
「これはアドバイスとかじゃ無い。もう俺はお前を辞めさせると決めた。八咫烏には言ってあるから、この後あいつの部屋に行って話してきな」
「何でですか?」
血の気が引く。ただ、そう聞くのが精一杯だった。
大先生はそんな彰志の顔を見て、溜息をついた。
「お前は、この先まず現場で命を落とすだろうよ。俺はそういう中途を、何人か見てきた」
「……」
「伊東、生きてこそだ」
大先生の言葉が、ずっと遠くから聞こえるような感覚だった。
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