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その後すぐ八咫烏のところへ行った。
「大先生から話は聞いた。明日の朝イチで辞表持って来い。じゃなきゃ朝礼でクビにする」
奴はこっちの顔を見ようともしなかった。
書類に目を落としたままだ。
彰志が去ろうとしないので、ようやく八咫烏は顔を上げた。
「まだ解んねえか。敵わねえと我先に逃げるような中途だったら、まだ可愛げがある。なまじ血統書付に並んで粘る、手前ェのような中途が、一等先に死ぬ」
「自分は死ぬつもりでやってません」
「そうか? 俺の経験じゃ、手前ェみてえなのが最後に思い付くことは必ず一緒だ。『足りねえ分は命で補やいい』ってな」
今度は彰志が下を向いた。
悔しいが言い返せない。正直自分もそう考える時はある。
いや、現場に出る度、必ずそう思っていた。
「そういうのは血統書付きに任せりゃいい。中途が頑張るこたァ無え」
床を見つめながら歯を食いしばった。
なんじゃそりゃ。お前らはいいのか。
思い上がるのもいい加減にしろ!
思わず怒鳴りそうになったが、その前に八咫烏が言った。
「俺も、そういう中途一人の命で生きてる」
八咫烏の言葉に、彰志は思わず顔を上げた。
奴の表情から何を考えているかは、わからなかったが。
「この機会に娑婆に出してえところだが、残念ながら俺にそこまでの権限はねえ。手前ェは動きが正確だからな、封じ手としてなら引き合いがあるだろう。御術使はやめろ」
「勝手なこと言うな、昔中途を死なせたからって、罪滅ぼしのつもりか?」
言ってはならないことを言ったという自覚はあった。
「お前の罪悪感に付き合うつもりはねえよ」
今考えればまあ、こんなこと言ったのは、若気の至りと言おうか、イタチの最後っ屁と言おうか。
もちろんあいつは歯牙にもかけなかった。
「俺に敬語は止めたか、決心はついたようだな」
そう言って八咫烏は、書類の山に戻った。
それで話は終わりだった。
あの夜の、大き過ぎた希望と、絶望。
フリーになってから、中途には中途のやり方があると、師匠や先輩から学んだ。
術力が足りないなら、最小限で使う技を磨く。
呪符、術武器、使える物は何でも使う。
今やれることを出し切る。
それで何とか、御術使を続けて来れた。
鴉は辞めて良かったと、今は思う。
奥許しのことは忘れもしなかったが、もう手に届かないもんだと諦めてた。
ところが、出せた。
こうなると欲が出る。
出したい。
出さなきゃならん理由もある。
奴らさえいなければ生きていたかもしれない、師匠の仇討ち。
娑婆の人並みで術も出せない総代を、守り通す事。
そして、神様からの伝言。
風切を預かったからには、貫き止めなきゃならねえ。
それやこれやで、正直焦る。
焦って失敗る。
雑念ばかりだ。まだまだ未熟か。
彰志は、大きく息を吸い、ゆっくり吐く。
白い息が細長く真っ直ぐ吐き出される。
腰を落とす。刀を振る。
ひたすら繰り返した。
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