単位ほしい...?

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 レトロな商店街に並ぶ常世喫茶「冥」で私はウェイトレスとして働いています。ここ常世喫茶「冥」を取り仕切っているマスターは今日もお客様のお話し、主に生前の悩みや愚痴などを聞いています。  ああ、お客様が静かに泣いています。どうやら自分の悩みについて共感してくれる人がいて嬉しかったみたいです。  マスターは人の話を聞くのが、とても上手なんです。どんな魂であっても、きちんと話を聞いて、的確なアドバイスをし、心に溜まった澱を取ってくれているように感じます。こういうのを人間でいうカウンセラーと呼ぶのでしょうか。  魂がお客様と言ったとおり、ここ常世喫茶「冥」は普通の喫茶店ではありません。  常世喫茶「冥」は死者の魂が常世に渡る前に未練を残さず、晴れやかな気持ちで常世へ渡るために作られた喫茶店なのです。  マスターは常世喫茶「冥」の第48代店長になります。とても長い間、常世喫茶「冥」を支えているいわゆるレジェンドみたいな存在だと先代の店長から教えてもらいました。  そんなすごい場所でなぜ私がウェイトレスとして働いているのかというと、ひょんな事情で常世喫茶「冥」で働くことになりました。  私は常世喫茶「冥」に来る前の記憶がいっさいありません。記憶が真っ新な私をマスターが拾い、行く当てがなく困っている私をウェイトレスとして置いてくれました。    自分でもおっとりしていて何の役に立つかも分からなかった私をここに置いてくれているマスターには本当に感謝しかありません。  そんな人の世話をするのが好きなマスターですが、今まで常世喫茶「冥」で働いていて本気で怒ったところを見たことがないんです。人がいいマスターは果たして怒ったりするのでしょうか?  ああ、マスターとお客様が奥の部屋に行った。私も残っている仕事をしないと、そんなことを考えていた矢先でした。  ダンッ、チリン、チリン、  店のドアが乱暴に開けられ、若い青年が店に駆け込んできました。ものすごく汗をかいて、何か怯えているようです。 「あんた、悪い!頼む、頼むから、110で警察でもなんでも呼んでくれ、なんか変な奴に追われてるんだ!」  と青年が私に必死に話しかけてきます。 「何なんだよ。あいつ、急に追いかけてきやがって、それに変な仮面を付けてて、包丁持って追いかけてくるし!」  と舌打ちをしながらも、怯えを隠せない様子で話し出しました。私はその様子を見てポカンとしていると、青年は苛立ったのでしょう。 「なに、ボサッとしてるんだよ。とろい女だな!? 早くしろって言ってるんだよ。俺のスマホはさっきから繋がんねえし、もう何なんだよ!」  と暴言を吐きます。私は困ったように首を傾げながらこう返しました。 「お客様? 110って、何のことでしょうか?」  そう言うと、青年は何言っているんだと言いたげな表情で私を見て、 「あんた、馬鹿か! 何、110番も知らねえの。世間知らずのお嬢様、箱入り娘って奴、それとも何、学校行ってなかったとか? まあいいよ、とにかく店の電話貸して」  と乱暴な口調で言うと彼は店内を見渡し、マスターがたまに使っているアンティ―ク調のレトロ電話器を見つめました。 「あ、あるじゃん。すご、今時こんな古臭い電話使ってるなんて。まあ、いいや。電話かけられれば」  そう言うと青年は勝手に電話をかけ始めてしまいました。いけない...!! 「お客様、困ります! 当店で勝手なことをされては...」 「うるせえ女だな、黙ってろよ。こっちは緊急なんだよ」  と言ってバンッと私を突き飛ばし、ダイヤルを回し始めました。  ああ、これは顔を床にぶつけてしまいます。  床にぶつかると思ったとき、私は慌てて受け身を取ろうとしました。しかし予想していた衝撃は一向に来ませんでした。  それに私の体を誰かの腕が支えているようです。すると、聞きなれた落ち着いた声が耳元で聞こえてきました。 「大丈夫かい?」  どうやらマスターが私を抱きとめてくれたようです。あれ、いつの間にこの部屋に来たんでしょうか。  青年は急に現れたマスターにぎょっと驚いた様子でした。 「あんたがここの店長か、悪いけど電話借りるよ。変な奴に追われててさ」 「お客様。電話をご利用になるのは結構ですが、その前にうちの従業員に暴言を吐いた件について謝罪していただけますか?」  とマスターは淡々と静かに青年に向かって言いました。あれ、なんかマスターが少し怖いような...。 「はあっ?何言ってんだよ。こっちは緊急事態だから電話貸してくれって言ってんだよ。意味わかんない店長ととろい従業員だな」  マスターの雰囲気に少し気圧されながらも、青年は失礼な態度を改めません。マスターははあっとため息をついて、 「ではお好きなだけ、ご利用ください」  と言って私を近くにある椅子に座らせて、キッチンへ行き自分の作業に戻って行ってしまいました。 「ちっ、なんなんだよ。ほんと! 今日は厄日か。まったく全然110繋がんねえし。おい、あんたこの店の電話壊れてるんじゃないの、しっかりしろよ!」  と青年は苛立ったように大声でキッチンにいるマスターへ文句を言います。しかしマスターはいつも落ち着いた声で、 「いえ、繋がっていますよ。先ほどからお相手が話しているではないですか」 「はっ? あ、ほんとだ。声小さくてよく聞こえないけど、なんか繋がってる。もしもし警察ですか。包丁持った変な被り物した男に追われていて、俺が通っているXXX区にあるAA大学のキャンパスで、って、ちょっと待てよ。あんたさっきからぶつぶつ言って、俺の話ちゃんと聞いてるのか。警察だろ? 市民を助けろよ」 「あなたが相手の質問に答えていないのですよ」  とマスターは横から口を挟みました。あれ、マスターが珍しく相手の話を遮っています。青年は訳のわからないという顔でこちらを見ながら、受話器に耳を澄ましました。すると、  ひいっ  と青年は悲鳴をあげ、電話を取り落とし、恐怖で体がブルブルと震えている様子で店から飛び出して行った。 「ああ、電話。落ちちゃいました」  と私は慌てて相手に謝罪の口上を言おうとしたとき、受話器からこう聞こえました 「たん...、ほ...い...?ねえ、........?」
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