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あの後、俺は自宅で飛び起きた。あれは、夢だったのか、それとも本当に起こった出来事なのか、もう俺には分からない。最近ではあの日起こった強烈な出来事ですら、記憶が曖昧になってきたようにも思える。
その後、一週間死ぬ気で読んでいなかった参考論文を読み漁り、自分の考察を練り上げ卒業論文をまとめあげた。
そして、卒業論文発表当日。
「いや、今年のうちのゼミはレベルが高い発表が多かった。これなら、うちの学科も最優秀論文が取れるだろう。本田君、本当によくやってくれた」
と俺が所属しているゼミの教授が大喜びで、本田を褒めちぎっている。結局、本田はぶっちぎりの結果で、卒論発表を修めた。
俺もあの出来事の後、死ぬ気で頑張った結果、かなりいい卒論に仕上がったと思う。何事も諦めちゃいけないなと思った。ああ、これで返済免除は狙えないなあと思いつつ、俺の心は晴れやかだった。なんだかんだ卒業論文は結局自力であそこまで仕上げたことの満足感かもしれない。すると俺の後ろから、教授の助手の男性が話しかけてきた。
「いや、佐藤君。君の発表すごかったよ。一週間前より比べ物にならないくらい良くなった。最初は1人だけで調査するの大変だったと思うけど、よく頑張ったね」
と俺に対して褒めちぎった。なんだか照れくさいなあ。でもとても嬉しいなと感じるのは達成感からかもしれない。
「いや、本田の卒論には及びませんでしたよ。あいつのは”完璧”だった。研究抜け漏れも欠点もないし...」
と俺は最近覚えた謙遜をするが、助手の先生は顔を顰めている。あれ、俺何か変なこと言ったかなと思った。
「あの、俺何かまずいことを言いましたか? 」
と尋ねる。すると、助手の先生は慌てたように否定した。
「いや、確かに本田君の卒論は完璧だった。いや”完璧”すぎて、僕は違和感を感じるくらいだ。まるで、何か特別な資料を持っていたかのようだ。........いや、まさかね」
と一旦言葉を区切ると、俺に向かってこう言った。
「佐藤君、本当にお疲れ様。そして少し早いけど、卒業おめでとう。君の最後の踏ん張りや頑張りを見ていると、社会へ出てもきっとうまくやっていけると思うよ。とにかく自分の努力は自分に返ってくる。”自分がよく分かっていない何かに縋ってしまわないで、自分を信じてね”」
そう言って、教授の助手は別の生徒に声をかけに行った。俺が、動揺していることにも気が付かないで。
教授の助手は、なんであんなことを言ったのだろう? 普通、”自分がよく分かっていない何かに縋ってしまわないで”、なんて言葉は出てこないだろう。
このフレーズは、常世喫茶「冥」の店長が言っていたフレーズに似ている。それに、なんで本田の論文が”完璧”過ぎて違和感を感じるなんて言うのだろう。
そんな疑問を感じている時、廊下から同じゼミに所属する女子の叫び声が響いてきた。
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