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数日後、俺は助手の先生に挨拶に行った。教授はあの本田の件で、かなりショックを受けたらしい。卒業式にも顔を出さずに家に引きこもっているらしい。
よほど落ち込んでいるのか、家族がつきっきりで面倒を見ていると人づてに聞いた。
それでも卒業式はなくならない。俺は3年間世話になった研究室に足を運んだ。すると教授の助手が研究室を掃除していた。
卒業式の日も掃除をするなんて、とてもこの研究室を大事に思っているのだろう。
本当なら今日は研究室で祝いのパーティーでも開いていただろうに、伽藍としている。本田の事件があってからゼミ生はあまり立ち寄らなくなったようだ。
教授の助手は俺に気付くと、少し疲れた笑みで声をかけてくれた。
「やあ、佐藤君。来ていたのか」
「先生、今までお世話になりました」
と教授の助手に向かってお別れのあいさつをする。助手の男は、
「ああ、佐藤君。ありがとう。そして、改めて卒業おめでとう」
と笑って祝ってくれる。助手の男は俺に気を使って、頑張って笑っているようだった。
こんなこと聞かなくてもいいのに、それでも俺は気になっていたことを確認するため、
「先生は、旧館に行ったことがあるんですか」
と俺は突拍子もなく聞いてしまった。助手の先生は驚いたような顔をすると、静かに頷いた。そして、
「私もここの大学のOBなんだ。そうか、君もあの噂を信じて、旧館へ行ったのか...」
「すまなかったね。私がもっと相談に乗っていれば、こんな怖い思いを済んだだろうに」
助手のつらそうな表情を見ると、とても居たたまれなかった。
「先生のせいじゃないです。俺が自分で勝手に行ったことなんで!俺が勝手に追い詰められてただけなんで」
すると助手の先生は困ったように小さく笑った。
「佐藤君は優しいね」
そして助手の先生は何かを思い出すように昔のことを話し始めた。
「私も君と同様運よく助かったんだけど、今でも夢に見るよ。あの時のことを。私たちは本当に運がよかった。とにかく生き残ったのだから、一生懸命生きなきゃいけない、そうだろ?」
と諭すように言った。俺が頷くと、安心したように微笑んだ。
「一応、学校側に旧館の取り壊しの話をしたんだ。そうしたら、とんとん拍子に話が進んでね」
「え、じゃあもうこういう被害は出ないんですか」
すると、教授の先生は険しい表情で答えた。
「...分からない。あれは私たちの理解を遥かに超える現象だ。旧館を壊したくらいでどうにかなると思えないが、なにもしないより、ましだろ?少なくとも君が無事で本当によかったよ」
と静かに微笑んだ。その微笑みがあの事件で俺を助けてくれた常世喫茶「冥」の店長を思い出させた。そして、助手の先生を安心させるために、そして自分自身のためにも宣言する。
「俺、一生懸命生きて、生き抜きます。あの人たちに助けてもらった命ですから!」
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