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地球人は知的生命じゃないので食べてもいい
「地球外に知的生命はいると思いますか?」と尋ねられて、「地球にすらいないよ」と答えたのは誰だったか。
そんな過去を考えながら、赤道の基地に設けられたエレベーターに入った正装の大統領は備え付けの椅子に掛ける。脇はスーツのSPたちが固めた。
まもなく、巨大なそれは上昇を開始した。
ガラス張りの外で、瞬く間に地上の風景が遠ざかっていく。街並みから、緑の大地、青い海、やがて雲に突入してさらに昇る。
雲海に隠れてしまう前に、地上に築かれた忌まわしい幾何学的な施設のいくつかが嫌でも目に入った。
あれらの中では様々な地球人類が養殖されている。ましなのはペット用か観賞用、一般的には食肉用だ。
「まもなく到着です」
一分もしないうちに、SPの一人が告げる。
気付けば、すでに景色は成層圏を超えていた。
これは、かつて夢想された軌道エレベーターだ。
土星の輪のように地球周りに築かれた人工の機械輪――衛星基地に案内するものである。
静かに目的地に到着すると、両開きの扉が開いてにこやかな人物に出迎えられた。
「ようこそ、地球大統領。特使がお待ちですよ」
そう言った案内人は外見こそ人間そっくりだったが、人間ではない。それに擬態した、いわゆる宇宙人だ。
彼に地球大統領と呼ばれた大統領も、どこかの国の大統領なわけではない。文字通り、突如この宇宙人たちが来たことで変革を余儀なくされ、急拵えで作られた地球の国々を統一する政府の大統領。地球の代表ということにされた人物だった。
その大統領は懐から拳銃を抜き、有無を言わせず案内人に連射する。
弾丸はすべてすり抜け、基地の壁や床に当たっても何の損傷もなかった。
弾切れを待って、案内人は落ち着き払って言う。
「こらこら、そう吠えるもんじゃありません。ちゃんと話は聞きますからね」
奥にいるやはり人に擬態して日常生活を送る宇宙人たちもうるさそうに一瞥をくれただけで、気にもとめない。まさに言葉通り、地球人はこの大統領でさえも、地球人にとっての〝よく吠える獣〟程度にしか認識されていないのだ。
彼ら宇宙人は高度だった。高度過ぎた。
そして彼らの理屈では、「形而上の概念を感覚的に理解できないものは知的生命でない」らしい。
いわゆる、「なぜわたしはわたしなのか」とか「なぜ何もないのでなく何かがあるのか」とか、地球人が哲学的に考察するのみで理解はできないものを彼ら宇宙人、あるいは彼らが知的生命と認めるものは理解できる。そしてその感覚において、そんなものを理解もできない地球人のような存在はどう頑張っても知的生命と認識するに足らないというのだ。
「こちらです」
何事もなかったかのように歩きだす案内人。
いつものように無意味に終わった結果のわかっていた反抗が無効化され、仕方なく大統領たちはついていく。
窓の外には衛星基地よりも遥かに巨大な構造物がある。地球軌道のすぐ外、それ以内の太陽系をすっぽり覆うような球形の人工物。
地球人も昔構想だけはした、ダイソン球という代物だ。太陽を覆うことで、そのエネルギーを余さず利用するものである。
宇宙人はこんなものすら実現できる連中だった。
地球軌道のすぐ外に設けたのは地球の生物に配慮してのことだというが、地球人類にとってのちょっとした環境保護程度の認識でしかない。
ダイソン球だけじゃない。衛星基地も軌道エレベーターも彼らが一年とかからずに建造し終えたものだ。
突如付近にワープしてきてそんな改造をやってのけるほどの科学力、彼らのいうところの〝形而上科学〟を有する連中に人類の抵抗なぞ全く通用しなかった。核兵器でさえも、宇宙人の一人を殺すことはおろか傷ひとつ負わせることすらできなかったのだ。
「どうぞ、お入りください」
ある扉の前で足を止め、案内人はそう導く。
大統領一行は、襟を正し冷や汗を流しながら内部に踏み込んだ。
両開きの自動ドアが開くと、地球人に親しみやすい応接間のように設計された室内に導かれた。
「ようこそ、お出でくださいました。さっそく協力の確認をしましょう」
申し出たのは、円卓の奥で迎えた人間に擬態した宇宙人だった。
案内人を廊下に残して自動ドアが閉まると、簡単な挨拶をして大統領たちは円卓の空席へと招かれて座る。
「いきなりですが、我々の食肉扱いをやめる協力をしていただけるというのは本当ですか!?」
待っていた瞬間を堪えきれず、大統領は必死に訴える。
食肉加工される人間を嫌というほど見てきたからだ。淡々と飼育され調理されるのはマシ、こうすると美味くなるという触れ込みのもとさらに非人道的な飼育や調理をされる人々、もっと酷いと興のために踊り食いやら半死半生のまま食されることもある。
いずれも、地球人が他の動物にしてきたことだが。
それら悲惨な光景を訴える大統領に、宇宙人は非常に同情的に頷きながら聞いていたが、
「あなた方はわたしたち地球人を、知的生命体として認めてくださるんですね!」
という最後の訴えに苦笑いした。
そして、子供をあやすように伝える。
「我々も可能な限り地球人を食べることをやめるよう同胞に訴えてはみますがうまくいくかは不透明ですし、地球人を知的生命体と見なすことは難しいですね。我々はあなたたちで言うところの、ヴィーガンみたいなものですから」
地球人一行が唖然としていると、宇宙人の給仕がやって来た。彼らは人間以外の地球の動物を使ったありふれた料理をテーブルに並べていく。
この宇宙人たちにとって、地球の人間以外の動物は肉とすら認識されない。人でいうところの植物程度にしか見なせないのだ。
「お腹が空いたでしょう?」
宇宙人ヴィーガン代表は、ひたすら善意のみを込めて言った。
「そろそろ食事時のはず、あなたたちはあなたたちにとってのお肉料理がお好きだとも調査しておりますので。どうぞ、召し上がりながらお話を」
大統領は嘔吐した。
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