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古風な土産物屋が立ち並ぶ商店街を抜けると、正面に見えたのは立派な瓦屋根の和風建築だった。
四棟からなる木造三階建てで、屋根のてっぺんには白鷺の像が鎮座する。
「はあー。やっぱりいいねえ、道後温泉・本館。生で見られるのは何年ぶりかなあ」
うんうん、と満足げに頷くのは二十代半ばほどの優男だった。
薄墨色の着流しに濃紺の羽織。
彫りの深い顔立ちに色素の薄い瞳。
ほのかに異国の血を思わせるその容姿は、周囲の観光客、特に女性客の注目の的である。
「ねえ。あの人のルックスやばくない? ハーフ系かな」
「背も高いしモデルさんかも。あんた、ちょっと声かけてみなよ」
「やだやだ。無理だって!」
にわかに黄色い声が上がり始めるが、当の本人は特に気にした様子もなく目の前の和風建築に魅入っている。
銅板製の屋根は青みがかっていて、降り注ぐ陽光がより美しくそれを照らし出していた。
「お」
と、不意にスマホの着信音が響く。
男が羽織の袂から取り出して見ると、画面には『璃子』の文字が表示されていた。
途端に目をすがめ、チッと小さく舌打ちしてから応答ボタンを押し、無言で耳に当てると、
「いま舌打ちしたでしょう」
スピーカー越しに、恨めしげな声が飛んできた。
まだ幼さの残る少女の声だったが、感情が滲み出てドスが利いている。
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