第一章 愛媛県松山市

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   男は悪びれた様子もなく、 「舌打ちねぇ。なんでわかったんだ? そっちには聞こえてないはずなのに。もしかして俺、監視されてる?」 「あなたの反応なんて確認しなくてもわかります。私が何年あなたの世話をしてきたと思ってるんですか」  どうやら勘だけで当てられたらしい。  男が沈黙していると、スピーカーの向こうからは盛大な溜息が聞こえてきた。 「で、今はどこをほっつき歩いているんです? どうせまた遠くまで観光に行っているんでしょう。さすがに毎回毎回、行き先も告げずにふらふらと出歩かれては困りますよ。あなたには本家の人間としての責務があるんですから」 「へいへい。用事が終わったらすぐ東京(そっち)に帰りますよ。明後日の予定にさえ間に合えばいいんだろ? 心配しなくても、そんなに遠い場所じゃないから大丈夫……」  舌先三寸で切り抜けようとしていると、そこへ土産物屋の方から、客を呼び込む声が高らかに響く。 「坊っちゃん団子いかがですかー!」  恰幅の良い中年女性が発した溌剌(はつらつ)とした声は、見事にスピーカーを通り抜けていった。 「坊っちゃん団子? って、まさか愛媛にいるんですか? 遠いにも程があるでしょう!」  怒号が耳をつんざき、思わずスマホを遠ざける。  速攻でバレた。  坊っちゃん団子といえば愛媛県松山市を代表する銘菓だ。  夏目漱石(なつめそうせき)の小説『坊っちゃん』に登場する団子をモチーフにしたものである。  よりにもよってそんな、街の代名詞ともいえる商品名を背後から叫ばれるとは不覚。  
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