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男は悪びれた様子もなく、
「舌打ちねぇ。なんでわかったんだ? そっちには聞こえてないはずなのに。もしかして俺、監視されてる?」
「あなたの反応なんて確認しなくてもわかります。私が何年あなたの世話をしてきたと思ってるんですか」
どうやら勘だけで当てられたらしい。
男が沈黙していると、スピーカーの向こうからは盛大な溜息が聞こえてきた。
「で、今はどこをほっつき歩いているんです? どうせまた遠くまで観光に行っているんでしょう。さすがに毎回毎回、行き先も告げずにふらふらと出歩かれては困りますよ。あなたには本家の人間としての責務があるんですから」
「へいへい。用事が終わったらすぐ東京に帰りますよ。明後日の予定にさえ間に合えばいいんだろ? 心配しなくても、そんなに遠い場所じゃないから大丈夫……」
舌先三寸で切り抜けようとしていると、そこへ土産物屋の方から、客を呼び込む声が高らかに響く。
「坊っちゃん団子いかがですかー!」
恰幅の良い中年女性が発した溌剌とした声は、見事にスピーカーを通り抜けていった。
「坊っちゃん団子? って、まさか愛媛にいるんですか? 遠いにも程があるでしょう!」
怒号が耳をつんざき、思わずスマホを遠ざける。
速攻でバレた。
坊っちゃん団子といえば愛媛県松山市を代表する銘菓だ。
夏目漱石の小説『坊っちゃん』に登場する団子をモチーフにしたものである。
よりにもよってそんな、街の代名詞ともいえる商品名を背後から叫ばれるとは不覚。
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