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「ね、ここで写真撮ろうよ!」
「どっち側に立つ?」
「私こっち!」
複数の観光客が集まっていたのは、広場から見える路面電車の終着地点だった。
カラクリ時計から見て右手側にある駅・道後温泉駅。
その駅舎の隣に、緑色の列車が静止している。
松山名物『坊っちゃん列車』だ。
かつてこの地を走っていた蒸気機関車を模したディーゼル機関車である。
一日数本しか運行しておらず、こうして終着地点に停まっている時には観光客たちのフォトスポットと化す。
風流だねえ、と満足げに眺めていると、そこへふらふらと一人の少女が列車に近づいていくのが見えた。
華奢で色白で、どこかの学校の制服を着ている。
(平日のこんな時間に、高校生か?)
何やら無視できない違和感があった。
彼女はどこか覚束ない足取りのまま線路内に立ち入ったかと思うと、列車の側へしゃがみ込み、ためらいもなく車体の下へと顔を突っ込んだ。
「って、おいおい」
みるみるうちに、彼女は全身を車体の下へと滑り込ませていく。
周りの観光客たちは写真を撮るのに夢中で、誰一人として彼女の奇行に気がついていない。
少女は車体の下にいる。
このまま誰も気づかずに列車を動かせば、彼女の体は無事では済まないだろう。
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