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『我も王族だ。神官ではあるが、王位の継承は可能な血筋。さらに、先王の娘である其方を妻に迎えれば、我が王朝の行く末は盤石のものとなる』
「あの卑怯者。あの男が、トゥト様を……」
『我のもとに降れ。実の父親の妻にされていた其方を神殿に匿い、助けてやった我の恩を忘れたか?』
「やめて! それを、思い出させないで!」
泣きすぎて掠れてしまった声が、花池に吹く風を切り裂く。けれど、黒く滲んだ神官の幻覚は消えることなく場にとどまり、妃を見おろしてくる。
「あの頃を……何の希望も無く、ただ時間が過ぎていただけのあの日々を思い出させないでっ。お前に会えば、それを思い出すから。だから、神殿には行きたくなかったのに!」
妃が神殿に足を向けなかったのは、そこに神官がいたから。
彼女とて、一国の王妃。睡蓮を好み、その再生力にすがって崇めるためだけに、神殿での祈祷という王妃の務めを切り捨てて花池にこもっていたわけではない。神殿を避けなければいけない理由があった。
そして、その理由こそ、愛する夫にだけは告げられなかった。ただ、睡蓮が好きなのだと笑って誤魔化すしかなかった。
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