微睡む夢に、愛執の影 Ancient Egypt. At Thebes.【2】

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『あぁ、そうか。我が与えた救済を恩だと思っていなかったか。其方は、自身の運命に流されるだけの愚かな女。父の手を拒まず、その子を産んだ女であった』 「黙れ……黙れっ」 『だから、神殿に祈りを捧げに来たついでに其方を攫っていった少年王。異母弟の妻に、平然とおさまることが出来たのだったな』 「お前が、トゥト様の名を口にするな。私を蔑むだけなら構わない。いくらでも貶め、侮蔑の言葉を吐き捨てればよい」 『あの出来損ないの若造。杖が無ければ、まともに歩くことも出来ぬ名ばかりの王の(しとね)に侍るくらいなら、神殿の統率者として人望も財も持つ我に媚びを売ったほうが何倍も有益だぞ』 「黙れ。私のトゥト様への侮辱は許さない。足が不自由でも、それを補うために身体を鍛えていらした。あの御方が駆る戦馬車(チャリオット)は、誰よりも速かった!」  王妃以外、誰もいない花池。彼女の後悔と怨みが作り出した神官の幻覚が、醜い嘲笑を浮かべて揺らめいている。が、その姿は妃にしか見えない。  射し()めた曙光が池の水面をあまねく照らす中、ぽつりぽつりと妃が語りかける。彼女の記憶が(かたど)った、黒い憎悪に向けて。
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