微睡む夢に、愛執の影 Ancient Egypt. At Thebes.【2】

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 未明。王妃が、花池を訪れた。  身に纏うは純白の薄衣(カラシリス)。祈祷の際に身につける装束だ。だが、祈りを開始するには、常よりも随分と早い時刻である。 「……トゥト、様?」  小鳥のように軽やかな響きは鳴りを潜め、夫の名を呼ぶ妃の声はひどく掠れている。優美なその手にあるのは、青き睡蓮。  朝に花開き、夕になれば(ねむ)るように閉じていく、高雅な花。死と来世の象徴として、冥界への供とするべく死者へ手向けられる青紫(せいし)の花を胸に捧げ持ち、妃はまた口を開く。  トゥト様。私の、トゥト様。この世でたったひとり、私が心から愛する御方。本当に、亡くなられてしまわれたのですか? 「……っ、あの男」  嗄れた妃の声音が、憎々しげに場に響く。清浄な睡蓮の花香が満つる空間には不釣り合いな、怨嗟の呟きだ。 「あの男がっ」  青みを帯びた茶瞳に、憎悪とともに黒い輪郭が浮かび上がる。それは、出来ることなら忘れたかった、忌まわしい過去の記憶。 『あの脆弱な王では、駄目だ。我を選べ。さすれば、この王国をさらに繁栄させることが出来る』  妃に、夫を裏切れと迫り、脅していた神官の幻覚が彼女の眼前でゆらゆらと揺れている。
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