鈴虫の季節

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 高橋先生は、若い女の先生だった。研修期間を終えてからは日が浅く、主治医になったのは私で初めてだったようだ。長い黒髪を一つに束ねて、大きな目と温かい笑顔が印象的だった。初々しくひたむきな彼女を、病院の人たちは優しく見守っていた。  先生とは、たくさんお話をした。私を「茉奈ちゃん」と呼んで、毎日海外文学を読んでくれた。彼女が特に気に入っていたのは、サン・テグジュペリ作の「星の王子さま」だった。文章表現の美しさについては、何度熱弁されたかわからない。  一方で、私が特に好きだったのは、フランツ・カフカ作の「変身」だった。虫になった主人公は、まるで自分のようだったからだ。  先生のおかげで楽しい入院生活を送れたけれど、私たちの関係は、ある日を境に崩れてしまった。
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