プロローグ

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プロローグ

 この世界に転生してからの最も古い記憶は、俺の顔を見た父親の「あれ、もしかしてうちの子妖精?」である。だから俺はてっきり、この世界のすべてを魅了する美しい妖精に生まれ変わったのだと思っていたが、残念ながらというか、当然ながら妖精ではなく人間だった。いや、正確には魔法を使える人間、魔導師だった。  このときの父親の発言は単なる親バカによるものだったが、実際、転生した俺の顔は前世とは比べ物にならないほど整っていた。ちなみに幼いころの俺は、息子を妖精と呼ぶ父親の顔を見てお札の人に似ていると思い、その名前を連呼していたら「ユキチ」と名付けられてしまった。 「俺の可愛い妖精……じゃなかった。ユキ、お前も今年で十五だな」  丸太をつなぎ合わせて作った丸椅子に座り、去年の秋に旅人が森に落として行った本を読んでいると、神妙な顔をした父親がテーブルを挟んで向いの椅子に腰をかけた。本に押し花の栞を挟み、顔を上げる。 「そうですね。お父様。十五の息子を妖精と見間違えるのはいかがなものかと……」 「俺に似て美形に生まれたんだ。お前は何歳になっても妖精だ」   俺の顔がいいのはわかるが、あんたの顔は妖精じゃなくてお札の人だけどな。渋くて難しいことを考えていそうな顔。俺はたぶん、母親似だ。 「それで、何か御用ですか?」 「ああ。三日後、第一村で十五の儀式が行われる」    父親はわざとらしく咳払いをしてから本題に入った。  この世界の魔導師は十五歳になると魔法(スキル)が覚醒する。そのスキルがどんなものなのかを知るために、わざわざ村に出向かなければならないらしい。俺の生まれ育った森から第一村までは、歩いて半日ほどかかる。面倒なことこの上ない。 「お前のスキルはきっととんでもなく素晴らしいものだろう。スキルが覚醒すれば、きっと魔王を倒すことも夢ではない」 「え? 今なんて?」 「ん? だから、お前ほど美しい人間が最強のスキルを覚醒させることができれば、この国を牛耳る魔王を倒すことも夢ではないだろう」  父親は腕を組み、カッカッカッと大きく口を開けて笑う。全財産だと嘯く金歯がきらりと光る。 「は? 何で俺が魔王を倒さなきゃならないんですか」 「何でって、魔王を倒せばお前はこの国の伝説となるんだぞ」 「べつに伝説になんかなりたくないですよ」  魔王を倒したところで、顔も見たことのない民間人に崇められて、魔王を倒すために力を使いすぎた反動で早死にする。死んでから銅像を建てられて、歴史書に名前が残る。それだけだ。そんな、生きているうちに何の徳もないことにわざわざ命を賭けるわけないだろ。  俺は覚醒したスキルを使って、この異世界でスローライフを送るって決めてるんだ。 「いやいや。わかっていないな、ユキ。魔王を倒して伝説になれば、一生遊んで暮らせるんだぞ」 「一生……?」  一生遊んで暮らせる? 魔王を倒せば一生遊んで暮らせるのか? それはつまりこのバカ親父から離れられるということか? 「お前には苦労をかけた。俺が金のないばっかりに、十五年間も貧しい思いをさせてきた。だがな、魔王を倒せばこの国のヒーローだ。金持ちなんてレベルじゃないぞ。買い物も飲食も外泊もすべて顔パス。欲しいものはすべて手に入る」  それでもお前は魔王を倒したくないと? 父親がテーブルに身を乗り出して、ニヤリと笑った。 「倒したいに決まってるでしょ。それで、魔王を倒すにはどうしたらいいんですか」  俺も思わずテーブルに身を乗り出す。父親は内緒話でもするみたいに、ポツリ、ポツリと魔王を倒すために俺がやるべきことを説明した。
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