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「そっちのやつは?」
フィオルと一緒にいた背の高い男は、ソファに座ったまま俺を一瞥すると、すぐに反対側にある窓に視線を向けた。無愛想なのか人見知りなのか、どちらにせよ明日までの付き合いだ。気にする必要はない。
「ローリー。ローリー・イーブス」
「よろしくな、ローリー!」
ローリーは窓を見たまま頷いた。
部屋全体を見るとソファの後ろにドアがあるのが見えた。その先に寝室があるのだろうか。リビングらしきこの空間の壁にはよくわからない壁画のような絵が飾られており、本棚の上には不気味な色の壺が置かれている。
うちにも絵が飾ってあることを思い出し、荷物を床に置いて近くで見てみることにした。立派な金色の額縁に入られた絵には、大きな黒い丸と四体のドラゴンの絵が描かれている。
「六億フェントだって。複製なのに高いよね」
「ろ、く……」
この世界の通貨単位は「フェント」だ。前世の単位に換算するとどの程度の金額なのかはわからないが、うちの親父の一日の稼ぎが五千フェントと言っていたので、とんでもなく高いことだけはわかる。美術品は描いた人間によって価値が決まる。この絵も一見すれば俺でも描ける気がするが、きっと名高い画家の作品なのだろう。
「変わった絵だな」
絵に触れないようにして顔を近づけたり離したりしていると、後ろから強い視線を感じて振り返った。
「ドラゴンの絵、知らないの?」
「え?」
あれ、もしかしてこれってこの世界の人間なら誰でも知ってる有名な絵なのか? いや、親父からそんな話は聞いたことがない。だが、フィオルとローリーのこの唖然とした顔を見れば、間違いなくこの絵はこの世界の常識だ。
「ユキくん、もしかして学校で寝てるタイプ?」
「がっ……!」
え? 学校? 学校って……!
「あ、いや……その……」
「あ、もしかして学校に行かなくても、はじめから何でもできちゃう天才ってこと!?」
「あはは……まあ、そんなとこ」
いや、ちょっと待て。この世界にも学校があったのか。学校に通うどころか親父から「学校」という単語すら聞いたことがない。小さいころから家にある本を読んで読み書きを覚えた。
日ごろから森を出て村や街に行ってみたいという気持ちはなかったので、まさかこの世界に教育機関があるとは思ってもみなかった。
「そうなんだ! すごいね」
「……それよりさ、この絵ってそんなに有名なのか?」
「もちろん。ここに描かれている四体のドラゴンは魔王を守る砦だよ」
「ってことはこの黒い丸が魔王か?」
「そう言われてる」
「言われてる?」
「この絵を描いた人はドラゴンと魔王に直接会ったらしいんだけど、あまりの恐怖に魔王の絵を描けなかったらしい。直で感じた恐怖と絶望をどうしても絵にできなくて、黒い丸になったらしいよ」
つまりはこの黒丸を倒せば、一生遊んで暮らせるし、あのバカからも離れられるってことか。
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