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7
休憩を終え、免震棟の小部屋へ戻ると、監視役を自任する綿部善之が待っていた。
立場上、検査の終了に立ち会うつもりなのだろう。
今更の合流に思えるものの、サボタージュしていた雰囲気でも無く、何処かで公平達を監視しつつ、上からの指示を仰いでいたのかもしれない。
アレコレ、うるさく小言を言って来る。
その細かさに閉口しつつ、公平と常田はひたすら深夜の作業に没頭した。自ずとペースは上がっていき、予定していた探索は日付が変わる前に全て終了する。
人が近づきがたい汚染域の調査とは言え、機体の回収を前提とする以上、極度のリスクを冒す必要は無い筈だ。
震災時に大破し、未だ耐久限界に近い汚染状態の第三建屋内でUターン。
「存外、楽だったな」
許容範囲に収まる被爆量を維持したまま帰途につくロボットへ、パソコンを通して、常田が話しかけた。
「おじさまの道案内のお蔭です」
先程の憂いは何処へやら、画面の少女は親しげに笑う。
本当に感情があるのかも?
そう常田が感じた時、綿部が急に立ち上がり、想定外の指示を出してきた。
「三矢君、壊れた壁の隙間から第三建屋の最深部へ侵入、通行可能なルートを探索しつつ、原子炉損壊部まで接近して下さい」
常田が驚きでポカンと口を開けた。
咄嗟の思い付きとは思えない強引極まる口調で、おそらく上層部からの指示だろう。
既に予期していたのか、公平が綿部を見る眼差しに動揺の兆しは無い。
「悪いけど、我々じゃ全くデータの取れない所が、その先に有るんですよ。この際、そこを徹底的に調べて欲しい」
「いや、室長……いくらロボットだってよ、それじゃ無事に済まねぇだろ」
少女のアバターを見やり、常田が言う。共に働いたロボットとAIに対し、この男なりに気遣っているらしい。
「放射線除けのコーティングを厚く施してありますが、第三建屋レベルの濃度では、これ以上もたないと思います」
公平の言葉に常田は激しく顔を顰めたが、綿部はそっぽをむいたまま、声を張り上げ、
「それでも、行ってもらわにゃならん! 当然でしょう、その為に高い報酬を用意し、来て貰ったんですから」
「でも、近い内、原子力規制委員会の大掛かりな公開調査があるって聞いたぜ。今やってる仕事は、単に、その準備をするだけって言ったよな、綿部さん」
「……準備は、あくまで準備。予定は、あくまで予定に過ぎん」
常田の鋭い問いかけに綿部は言葉を濁し、全面マスクの奥で滲む汗を拭おうとした。
「何たって、政府の肝煎りでやる調査だぜ。プルートゥより、ずっと大掛かりな機械を入れて調べるんでしょうが」
綿部の額に次から次へ、油じみた汗が大粒の滴を作る。
「なら第三建屋の奥は、その時にやっちまった方が良いンじゃないスか? 公明正大、まっとうなやり方だしよ。公平のロボットも壊さずに済む」
「君ねぇ、マスコミの目前で、原発の危険を晒すデータが出たらどうする!?」
マスクのフードが邪魔で汗を拭えぬ苛立ちが、精神的動揺と相俟って、綿部の舌を滑らせた。
「本末転倒も良い所だよ。それでは公開調査の目的と正反対の結果に……」
「調査の目的?」
困惑した常田の眼差しを受け、綿部は慌てて口を閉ざす。
「あの……それ、何スか?」
気まずい沈黙が、俄かに小部屋へ満ちた。
「所長、答えてくれ。地元の安全の為、ここを調べ直すって話じゃ無ぇの?」
「会社には会社の意向がある。それは国益も絡む問題で、私の一存じゃ軽々しく」
「俺にも判る様に言えよ!!」
綿部は俯き、無言で脂汗を流し続ける。
まるでガマの油だな。
内心、常田がそう思った時、公平が一歩進み出た。
「極東電力は深刻な赤字を解消する為、原発再稼働を一刻も早く進めたい。それは現在の国策とも一致するから、ダメージを極力小さく評価し、世へ示す事こそ真の狙い……違いますか?」
綿部からの反論は無い。
「原発処理水の海洋放出にせよ、国内では過去の問題とみなされていても、PIF(太平洋諸島フォーラム)や全米海洋研究所のコメントを見る限り、国外の反発は消えていない」
「科学的、なんて言っても、どの学者に聞くかで答は違うもんな……」
「しかも、ここへ来て不祥事が続いた為、改めて強く安全神話を国内外へアピールする必要があった」
綿部からの反論は無い。
「今夜中に危険箇所を特定、公開調査では徹底的にそこを避け、無難なデータだけ集めて発表する予定なんですよね?」
尚も綿部は答えず、「ガマの油」だけ量産されていく。
数日前に読んだ新聞の記事が、ふと常田の脳裏をよぎった。
一向に収まる気配の無い原油価格高騰を受けて、政府がエネルギー政策を大転換。
停止中の原発再稼働に加え、新たな原発建設も視野に入れて、国の基幹エネルギーへ積極的に再構築すると書かれた記事である。
方針転換を全面的に指示する経済団体トップのコメントも載っていた。
「科学的な見地」から見て、何の問題も無い筈だ。
何故なら、記事曰く……
復興作業に入ってから、富武では未だ一人も原発事故で死んでいない。書類上、厳密な定義で例外を除いていくと、当然そうなる。
年初に北陸で発生したマグニチュード7クラスの震災でも、特に大きなトラブルは起きなかった。
安全神話は未だ健在なのだ。
日本には安い電気が必要! むしろ、風力発電などの方が災害には弱い! そう、今こそ理性的な判断を行うべき時です。
国会中継の最中、同じ与党の質問に答える形で、高らかに宣言する政治家の微笑が、常田の瞳の奥に浮かんで、消える。
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