ななみさん、ありがとう

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第5章 「今度の映画は『塵も積もればゴミの山』にしない?」 「それって凄く流行ってるんでしょ?」 「うん」 「仕事帰りに普通に行って観られる?」 「無理だろうね」 「じゃあどうするの?」 「席を予約しないとだね」 「え?」 「それで席を予約しておいた」 「え?」 「Nの15番とNの16番」 「隣同士?」 「うん。Nの16は、ななみのスマホの番号で取ったから自動発券機でその番号と今から言う暗証番号を入力してね」 「う、うん」  私はとうとう来るべき時が来たと思った。 (でも拒否できる?)  一瞬そう思ったけど、彼は既に座席を予約してしまった。代金もカード払いしてしまったのだろう。 (でもそのお金を返せば拒否できるよね?)  でもお金を返すには会わないといけない。つまり隣で一緒に映画を観るのと同じことだ。 (でも彼が勝手に席を予約したんだから)  でも、私も観たい映画だったし、これまでこうやって信頼関係を築いて来たんだから、ここで会ったって構わないように思えた。それで私はその話を承諾した。  映画館に入場しても私は自分の席からずっと離れた席に座って、その隣にどんな人が座るのかを待っていた。 (あ)  映画が始まる10分前になって、そこに誰かが座った。しかし場内は薄暗く、それがどんな人かは見定められなかった。ただ若い男性であることは確認出来た。彼も落ち着かない様子で周りを見ている。 (映画が始まっちゃう。どうしよう)  私の座っている席は運よく空いていた。多分このまま誰も来ないだろう。だからここで映画を終わりまで堪能することは出来る。でも、彼があそこに座っているのに、私が横に行かないのは良くないと思った。しかしそうは思っても足がすくんだ。 (どうしよう)  その時、彼が席を立って出口の方に歩き出した。きっと私が来ないと判断したのだろう。私は今彼に声を掛けなければ一生会えなくなるような気がした。 「すみません」  気が付くと私は彼の行く手を遮り、そう声を掛けていた。 「信さんですか?」 「あ、はい」 (え)  私は一瞬違和感を覚えたが、その時場内が真っ暗になったので一番近くの席に座った。 ―違和感―  それは電話でだけど、今まで長い時間一緒の時間を過ごした彼に抱いていたイメージとは何か違うというものだった。確かに今私の横に座っている人は彼が言った年齢や容姿とはぴったりだったが、私を一瞬見定めた時のあの目、顔の強張り、それが彼らしくなかったのだ。 (でも初めてだし、彼も緊張したからかもしれない)  私も緊張していた。電話では馴染の人でもこうして会うのは初めてである。視線はスクリーンに向けられていたが、映画のストーリーなど全く頭に入らなかった。彼の存在は強く感じられた。それでしばらくすると私はその人の横側を横目でちらちらと窺っていた。身長はどれくらいだろう。髪は短め、スポーツでもしているのだろうか。服装はデニムのパンツで薄色の紺のセーターだった。  その時、爆音とともに映画のスクリーンが突然明るくなった。そしてその人の横顔も明るく輝いた。 (あ)  私はその一瞬に再び強い違和感を覚えた。それはメールで送られて来た写真とはどこか違うように思えたからだ。それから私はその人の横顔に釘付けになった。 (これって本当にあの人?)  そしてその疑問はどんどん膨らんで行った。するとどうにも我慢が出来なくなってその疑問を晴らしたくなったのだ。それで彼に話し掛けてみることにした。ううん。話し掛ける振りをした。 「え、何? 聞こえない」  すると彼は小さな声でそう言った。 (彼じゃない)  私はその瞬間、そう直感した。そして席を立つとその場に彼を置いてそこを離れた。彼は追って来なかった。私は二度と彼には会うまいと決心していた。
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