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色味のないコンクリートで囲まれた暗い部屋。
窓もなく、重い扉を開けども先には闇のみが広がる。そんな部屋の一角。
夜目を痛めるほど眩く光る無数のディスプレイは、同じ場所の異なる視点を映していた。あるいはその場所の外の景色を見せる画面もある。
この無数の電子光をじっと見つめる集団がいた。
彼らは仮面をつけくぐもった声で対話をしていた。
「これで4つ目か。」
「とうとう、実験が始まりそうだな。ここまで非常に長かった。」
「そうですね。所長、これまでのデータはすでにインプット済みで?」
声音は全て低い。生物学的性別の区別さえつかない。
「もちろんだ。これまでの経験を覚えたのだ。もうこれは、人より人なヒトに等しい!」
「は?所長、そういうとこあるよね。何言ってんの?」
「すまん。舌が乗って。」
9×9に整理された81のモニターのその真ん中にある眩い画面。そこには一人の男性の表情がありありと映っている。所長と呼ばれた者はその画面を拡大し表示させた。
「心が勝つか、はたまた機械仕掛けが勝つか」
皆の目は吸い寄せられていった。
カーテンから漏れ出る光が僕の目に刺さり、まぶしくて僕は思わず目を開けた。昨日何時に寝たのかあまり覚えていない。
一つわかる確かなことは、隣に大好きな人がいるということだ。隣の彼女に身体ごと向く。
「うーん、おはよう、優実」
「おはよ、まーくん」
「かわいい」
気づけば口から出ていた。僕のその一言で彼女の顔が赤みがかる。
「もう、ほら、起きるよ。今日2限からでしょ?」
「あー、そういえばそうだったような。うう、頭痛い、たぶん昨日飲み過ぎた。」
「そうだよ。もう一杯って何回言うの。食パン、ついでに焼いといたから、食べてはやく行こうよ。」
「うん、ありがと」
なんて気遣いができる、僕には勿体ないくらい優しい彼女だ。前まではつらくて乗り越えられなかった夜も、起きられなかった朝も、全部幸せを感じながら過ごせている。彼女のおかげだ、なんて恥ずかしくて到底言えやしない。
「2限って何時だっけ?」
「10時半かな。」
「今、10時20分ちょいってやばっ、遅れる!」
「だから急かしてたんじゃん」
あわただしく支度を始めた僕に彼女は少し笑っていた。
バイト先で賄いを食べて家に帰ると、すでに彼女は夕飯を終えお酒を飲み始めていた。
「おかえりー、まーくん、おかえりー!」
「酔ってるねぇ。僕もすぐ追いつくからちょっと待ってて。」
おかえりと言ってくれる人がいる嬉しさを、ここ数年忘れていたせいで、最近はもう早く家に帰りたくて仕方がなかった。
大学の部室で無駄にだらだらと時間を過ごしたり、バイト先の店長と世間話をしたりすることもなくなり、1日が終わって彼女と日々の辛さ、過去の悩み、今のこと、未来の不安を語り合うことが楽しみになっていた。
「昔じゃ考えられないね。」
「え?何?」
「いや、何も?さてさて、今日は僕の話聞いてもらっていい?」
「いいよ。」
僕は彼女の対面に座った。机の上に氷で満たされたコップと瓶をすっと置いた。
「実はね」
そう言いながら、コップにお酒を注ぐと氷がパチパチと音を立てていっそう美味しそうに見えた。
「僕が一番嫌いなのは僕自身なんだ。」
「うん」
「もちろんそう思うのは自分にとって大きな何かがあったときだけなんだけど。」
喉を潤すつもりでお酒を煽る。少し喉が焼け、それが絶妙に心地いいことを実感する。
「今日バイトでちょっとミスしたんだ。ミス自体、最近仕事内容に慣れてきた僕の慢心が原因なんだけど、でもその反省は次に活かせるから別にいいんだ。ミスしたことは、確かに悪かったし僕のせいだし次同じミスを繰り返さなければ取り返せると思うんだけど、僕が僕を嫌いになったのはそこじゃないんだ。」
「うん」
「ミスをした後、迷惑をかけた店長にもお客様にもすぐに謝りの言葉が出なかったことなんだ。もちろん悪いと思っているよ。いつもよくしてくれている店長に申し訳ない気持ちでいっぱいだったよ?でも、なぜか謝りの言葉が口から出なかったんだ。それを自覚した数秒後、謝るよりも先に僕は僕を嫌いだと思ったんだ。」
「うん」
「最終的には謝ったんだけど。でも、そういう煮え切らないようなところが本当に嫌いで。人は直せばいいじゃんとか言うんだけど、自分と一番付き合ってきたのは自分だよ?直そうとも思ったし、こいつとはもう一生になれないって自分を殺そうとしたこともあったんだけど、ここまでなんだかんだ生きてきたんだ。」
「うん」
「自分のことをわかってきたつもりだったよ?でも一度嫌いになったら、あの時も、あの時もって昔を思い出して、自分が成長してないことを実感してまた嫌いになるんだ。」
「うん」
いつの間にかコップには氷が残っていなかった。その代わりそれが僕の本音かのように水滴が滴り落ちていた。
「何も言わないんだね。それが、本当に心に沁みるよ。ありがとう。」
「いいよ」
「今までの人はこんな重い話をすると、嫌いなんて言わないで、あなたを好きなんだからとか大丈夫とか薄い言葉ばっかりで、平和と穏やかと幸せに無理矢理浸からせようとされて、それが逆につらかったんだ。本当にありがとう。こんな拙い、本当の僕を聞いてくれて。」
「いいの。私もおんなじだから。」
夜は長い。
月が闇を照らす存在から明けゆく空の色に負けるまで、僕と彼女の話は尽きなかった。
ふと突然、赤らんだ彼の顔が縮小され、もとの大きさに戻った。と同時に視界にその時間の周囲の光景も入ってきた。
けたたましいモーター音を響かせ走るバイク。
延々と同じ時間を繰り返す信号機。
寝静まった後も突き抜けてくるセミの鳴き声まで全て。
刹那、仮面をつけた彼らあるいは彼女らは我に返り、隣にいる同志を見合った。
「所長、これは新しいデータがとれそうだね?」
「そのようだな。今までとは丸っきり違う、新しい種類の愛だ。そして一番、人らしい。」
「今回の実験が終わり次第彼女、いや、実証型AI you-meの考えを覗いてみたいものだ。プログラムを早く見返したくて仕方がない。」
「今の動画を見ると、あたかも人のようだ。愛や愛しいという曖昧な感情が先に芽生えたのなら、世紀の大発見だな。」
所長と呼ばれた者のくぐもった高笑いが響き渡る。それに呼応して他の者も控えめに笑っている。
そして彼らはまた、日付の変わった二人の合いに視線を戻した。
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