お宝は尿漏れパンツ

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 その日、街は静かに盛り上がっていた。 ダンジョン攻略の様子が初めて見られるため、街中の人達が朝からそわそわしていた。  どのような仕組みなのか、誰がやっているか不明だが夜空に大きく投影されるから街のどこにいても外にいれば見えるのだ。  昨日の夜、突然空に映し出された巨大な映像には無数のゴブリンが倒れて喘いでいた。後ろにはこのダンジョンの主、鬼ババァが2本のツノを真っ赤にさせて汚物にまみれたホウキを持ったまま怒りに満ちた表情で仁王立ちしていた。そして、 「爺いどもー、今日はやられたが明日は全員ぶっ殺してやる。覚悟しやがれー」  大声で怒鳴り街中に響いたため、慌てて外に出て見たものも多かった。  その頃街で一番大きい居酒屋に、覚悟しやがれと叫ばれた4人の爺さんと1人の婆さんがいた。  戦い終えたばかりの4人は椅子に座っているが、1人の爺さんは戸板の上に布団が敷かれその上で横になり床に寝かされている。フンドシ姿の彼は寝たきりなのだ。  彼ら5人のパーティー名「異臭の水平線」こと、スメリーホライズンが脚光を浴びるのは20年ぶりで、ギルドからの指名だった。  鬼ババァがゴブリン達を操り複数のメーカーの倉庫から「尿漏れパンツ」を繰り返し強奪させてきたため、ついに市場から尿漏れパンツが消えてしまい被害にあったメーカー合同でギルドに鬼ババァ討伐の依頼が来たのだ。  ギルド側は色んなパーティーを検討したが成功報酬が現金ではなく、強奪された尿漏れパンツだったことから、スメリーホライズンに依頼を決定した。  全員が80代とはいえ一人をのぞいて健脚で、かつ頭脳で闘う彼らのスタイルは力任せの若いパーティーたちに刺激を与えると考えたのだ。  彼らが60代にダンジョンを攻略した作戦は今や伝説となっていて、冒険者だけではなくて一般の人にも知られている。  なにしろ一番上の一層にいる魔物たちから、5層の最上級クラスの魔物たちと全く戦わずして攻略し、お宝をゲットしたのだ。これほど生命の危険度も限りなくゼロの攻略は今後永遠にないであろうと言われている。    当時の彼らの報告によると一層の入り口で眠り薬効果のある薬草を大量に燃やして煙をダンジョンの中に充満させて魔物を寝かせて二層に落とし、縄張りを荒らされると勘違いして怒った魔物が一層の魔物を退治した後でまた大量に薬草を燃やして眠らせる。これを五層まで繰り返して、最後は五層の入り口で薬草を燃やし両者を眠らせてお宝をゲットしたという。そしてこれ以降薬草を燃やす作戦は使えなくなった事で、ダンジョンそのものが生命体であることを証明した。  ダンジョン入り口や中心部で煙を発生させると煙を外に吐き出す換気機能が作動するのだ。どれほど離れたところにあるダンジョンでも同様の機能が作動するので、ダンジョンそのものに意思があり他のダンジョンとコンタクトをとっていると考えられるようになった。  蜜蜂が汗水流して働いて溜めた蜜を、ごっそり横取りしたようなものだと酷評するものもいたが頭脳作戦に間違いはない。  スメリーホライズンのこのような経歴からギルドは彼らに依頼を決めたのだが、なにより報酬の品物は彼らが日常的に必要としているものだった。  尿漏れパンツはアクティブな高齢者にとってなくてはならない物だ。 お城での舞踏会、著名人主催のシャンパンパーティー、自分自身の誕生パーティー、地域の草刈りなどの様々な行事の参加に欠かせない。  尿漏れパンツが無ければ常に緊張を強いられ、視線は床を彷徨う。 タイルの上に水溜まりを作っていないか、革張りのソファーを濡らしてしまっていないか。刈り取った雑草に液肥を与えてしまっていないか等、心が休まる暇がない。  若い時は想像すら出来なかった事が身体に起こるのが加齢というものだ。  ステージで大歓声を浴びて歌っていた私が、まさか気付かぬうちにお漏らしをしてしまうようになるなんて。  世界中のダンジョンを攻略し富と名声をほしいままにしていた私が、自分の尿に足を滑らせるなんて。  地域の老人会を無視したり嫌々参加していたのに、若い人にサポートしてもらうことが必要な日が来るなんて。  尿漏れパンツが市場から消えたことで起きた変化は、街に華やかさが消えたことだった。パーティーに参加出来ないことよりも、パーティーが開かれなくなったのだ。潤沢な資金を持つ高齢な主催者こそ必要としていたからだ。  一般の老人たちは厚手の生地で下着を手作りしているが、1日に何枚も替えなければならず洗濯が追いついていかなくなり結局同じものを何日も履き不衛生になっていった。  スメリーホライズンの4人は厚手のタオルで下着を作りその上からズボンを履いているが、リーダーは「洗いやすいから」というお婆婆の意見でフンドシだ。  居酒屋は5人の話を聞きたくて集まった人たちで熱気に包まれていた。 ていねいに掘り出さないとすぐに崩れてしまう柔やわの「臭気芋」で作られる汗臭い酸っぱい匂いの芋焼酎、その名も「臭酎」を飲んでいる彼らを、100人近い客が鼻をつまみながらぐるり囲んで話しを聞いている。  今では臭酎を飲むものはほとんどいないのだが、薬草採取で日銭を稼いでいる数少ない高齢の冒険者たちには人気なので細々とつくられている。 「それでなんでゴブリンたちは1列に行儀良くならんでいたの?」 空に映し出された映像を途中から見た若い女が聞いた。 「それはお婆婆、あんたが答えなよ。あんたとリーダーの作戦勝ちだったからな」  寝たきりのリーダーに臭酎を飲ませていたお婆婆が、1人のお爺にうながされ椅子に座り直した。 「アイツらは拾い食いや盗み食いしかしたことないから、味のある食べ物を知らないだろうとこの人が言ってさ。それで初めに一口大の小さな甘いまんじゅうを皆んなに投げさせたのさ。そしたら案の定次々に拾っちゃー食って。で、もっと大きくて甘いまんじゅうが欲しけりゃ並べーって叫んだら、あの状態さ」 「なるほどー、それで紅白まんじゅうを配ったのね。あの赤は凄い色してたものね。私だったらあんなに毒毒しい色は警戒するけどゴブリンたちには魅力的に見えたっていうことなのね」 「そういうことさ。私らは殺生が嫌いだからあの紅白まんじゅうのあんこには強烈な下剤を練り込ませてある。あいつらは当分まともに動けないよ」    尿漏れパンツの隙間から激しく垂れ流すゴブリンの汚物を、鬼ババァがホウキで掃きながら洗い流している。  百体近くいるゴブリンを魔術で操り、意のままにしてきたがどうにもならず自ら掃除することに激しい怒りで全身を震わせ、2本のツノから湯気が出ている。  数人のゴブリンに魔術をかけ掃除をさせてみたが、糞尿を垂れ流しながらホウキを松葉杖代わりにして朦朧と歩いているだけなので諦めた。  この半年間、ゴブリンたちに与えたのは尿漏れパンツ1枚のみ。何千枚と盗ませておいて我ながら強欲だと思わないではないが、ケモノには充分だとも思っている。だいたいなぜゴブリンがパンツを履いているのか分からない。    少しづつ床の汚物が消え、悪臭が消えていくに従い明日の決戦をイメージできるようになってきた。  ゴブリンたちは使えないし、このダンジョンにいる生き物はミミズくらいだがミミズには魔術は効かない。以前に試して見たのだが脳がなく神経で行動している生き物には効かなかったのだ。  1時間に1回履き替える尿漏れパンツは私の宝物だ。歳と共にゆるくなる膀胱はただただ漏れるのみだ。止めるすべはない。絶対に奴らに奪われるわけにはいかない。新しいパンツに履き替えたときの清涼感はなんとも言えないし、生きている実感さえ湧き起こり二つのツノの間に魔力が充満する。  今日8枚目のパンツに履き替えた瞬間、闘いのアイデアが降りた。 「そうだ!アイツだ!アイツを使おう」 鬼ババァの目が赤く光り、ツノから湯気が出た。 「おぉー、ずいぶんと綺麗になっとるなー」 リーダーの戸板を引いているお爺の声がダンジョンに響いた。 「鬼ババァが一人で掃除していたとは思えないね。アイツ、綺麗好きなのかもね」  お婆婆の声も、誰もいないダンジョンに響いた。 「臭いゴブリンたちは鬼ババァが追い出したんだろうが、鬼ババァもいないとはな。逃げたかな。じゃ、早速貰って帰ろう」  見上げるような高いドアを開けると、天井までびっしりと尿漏れパンツが積まれていた。 「凄い量だな。これを一人で使おうとしていたとはな」  4人が中に入り次々と空間収納ボックスに入れていると、リーダーの後ろに鬼ババァが静かに立ったが誰も気づかない。  寝たきりのリーダーの口に出刃包丁の柄を押し込み、足には魔術の杖を差して呪文を唱えはじめた。 「アビジャギモヒャモヒャー、ノルハノルハー」  手も足も痺れて動かないリーダーの身体に、その呪文はとても効いたようで足が毛虫のようにむくむくうごめいていた。  するとリーダーの足が空を歩くように動き出し、半身を起こし出刃包丁をくわえながら立ち上がった。 「そうじゃ。そのまま中に入り、包丁で奴らをメッタメタに刺してこい」  鬼ババァに言われるがまま朦朧としたリーダーは包丁を口にくわえたままゆっくり中に入ると、振り向いたお婆婆が最初に気づいた。 「キャッ!」と年甲斐もなく黄色い声で叫ぶお婆婆の顔面に向かって包丁を吹き矢のように吹いたがポトリと真下に落ちて自分の足に刺さり「ウギャッ」と悶絶して倒れてしまった。 「あんた!歩けるようになったのかい。あんたー」 その声に他の3人も気がついた。  お婆婆が床にピンと立っている包丁を見ると右足の親指の爪と、爪先のほんの皮一枚に刺さっているだけだった包丁を「ポイッ」と投げて、抱きついた。 「あんた、全然たいした傷じゃないよ。神経が過敏に戻ったのかい?でも、良かったよー」 他の3人も2人を囲むように抱きつくと、お婆婆の目から涙がこぼれた。 鬼ババァの口からは泡のようによだれが垂れ、小さくつぶやいている。 「違う、違う。刺せと言ったんじゃ。仲良うなれとは言っとらん」 ダラダラと流れるよだれをぬぐいもせず、うつろな目で5人を見ている。 「あんたかい?あんたがウチの人の足を治してくれたんかい?ありがとう。ありがとうー」  お婆婆に礼を言われ、フガフガ言いながら鬼ババァは座り込んでしまった。 我に帰ったリーダーはフンドシを脱ぎ捨て、尿漏れパンツに履き替えた。 「うぉー、これは気持ち良いー。生まれ変わった気分じゃー」 「あんた、似合うよ。かっこいいー。惚れ直したよー」 「うん、リーダー、流石じゃ。尿漏れパンツがオートクチュールみたいじゃ」 「なんて?オートクチュクチュ?あれ?どうしたんじゃ?鬼ババァ?」  ふと気がつくと倒れている鬼ババァの顔にフンドシがかかり、全身が硬直している。 「フシュー、フシュー」と鼻息が聞こえ、その度に手足が痙攣し、皮膚が青黒くなっている。 「どうしたんじゃー」 お婆婆が顔からフンドシをはがすと、 「死ぬー、死ぬー。臭くて死ぬかと思ったー」 「あれ!アンタ。ツノが取れてるよ。ほれ!あ、腐ってるみたいさ。グニュグニュしとる」 「ひぇー、嘘じゃろー、なんてこった!」 「ツノがなけりゃ私と同じただのばばぁじゃ。ほれ、立って。一緒に街で飲むべ」 「え?私を仲間に入れてくれるのかい?」 「あぁ。1人でこんなところに居るからツノも生えるんじゃ。うちの人の足を治してくれたんじゃ。奢るよ」 「ありがとう。ついでに言うが尿漏れパンツ、アタシにも分けてくれんかいの?」 「あぁ。あんなにあるんじゃ。5人で分けよう」 「ゴブリンたちにはどうするんじゃ?」 「ケモノにパンツはいらんじゃろう」 「やっぱりあんたもそう思うかい。あっ、あれはなんじゃ。天井から光が差している」  その声で全員が見上げると、まばゆい光が天井の一点から放射線状に広がりダンジョンの中を明るく照らした。  そしてどこからともなくパイプオルガンの荘厳な音が響き、裸の赤ん坊10数人が光の中から現れて舞っている。背中には白い羽が生えている。 「あれは天使じゃよ。ほんとにいるんじゃな、初めて見たが可愛いのう」 リーダーがつぶやくと5人から同じようなため息が出たが、それは美しさと可愛さに感動したため息だと全員が思った。  言葉ではない音で天使たちは会話をしていて、その音がなんとも言えないほど頭に心地よく響いている。  お婆婆が両手をあげて優しく声をかけた。 「白い肌がプニュプニュしていて触ってみたいのぉ。降りておいでー」 すると10数人の天使が一斉に降りてきて6人の周りでプカプカ泳ぐように浮かんでいる。 「チンチンが丸見えじゃぞ。パンツ履くか?」  鬼ババァの言葉でお婆婆が収納ボックスから尿漏れパンツを取り出すと天使達が受け取って履きだした。 「おぉ、自分で履けるのか?かしこいのぉ」 鬼ババァの目は完全に鬼ではなく、ひ孫を見つめる優しい目になっている。 だが、サイズが大きいので次々と尿漏れパンツは落ちていく。 「よしよし、あとで小さく縫い直してやるからついておいで」 ダンジョンを出ると外はすっかり暗くなっていた。 夜道を歩く6人の真上には打ち上げ花火が夜空を彩り、天使たちが舞っている。 そして太く大きな文字で、 「友情を 育むパンツ 尿漏れパンツ」 「明日からは 漏らし放題 君と僕」 「尿漏れパンツは明日より店頭に並びまーす」 次々に広告の文字と映像が夜空に映し出された。 数日後、薬草採取で得た小銭を持ってゴブリンたちが店頭に並んでいたという。
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