千明ゆり、というひと

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千明ゆり、というひと

「あっ、」 俺は聞き覚えのある柔らかい声に顔を上げた。 パーテーションで仕切られた簡易な打ち合わせブースに視線だけ向ける。 パーテーションの所為で座っている人の顔は見えないが、少し高いがキンキンしていない柔らかい声と、押しの強い言い回しや感情的なところがない口調で、その主が同期の千明 ゆり(ちぎら ゆり)だとわかった。 「ありがとうございました。助かります。 では、こちらで失礼致します。」 打ち合わせが終わったみたいだ。 パーテーションから頭がぴょこんと見えたところで、俺は声の主のところにいく。 「変わらないな、ゆりっぺ。」 わざと同期同士の呼び方で声をかけた。 「うわー、田辺!おかえり、ようやく顔見られた!」 本当にコイツは、狡い。 この際、キザに例えるなら、彼女から発せられる声はワインのようだ。 相手や状況に合わせて表情を変える。その心地良さに、酔いそうだ。 「今、秘書室のリーダーなんだって?」 「室じゃ一番のお姉ちゃんですからね。 それより、田辺は帰ってきたら、営業部の統括リーダーじゃない?同期として、自慢ですよ。」 「あー。それこそ、年齢でしょ。あと、出向帰りのご褒美的な。まあ、褒美というかムチか?出向ボケしないで社畜化して働けっていう。だって管理職、残業代つかないもんな。」 「あはは、相変わらず会社愛溢れる悪態だ。」 こんな悪態を出せるのは気心知れた同期くらいだ。 今度、飲もうな、と少し社交辞令とも感じるお決まりのセリフで、ゆりを見送った。
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