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小野篁
「次、前へ進みなさい」
男の、機械音のように冷たい声が堂内に響いた。私は一歩前へ進んだ。
「氏名、年齢、最終存在地を」
「橋本昭代、73歳、最終地はよく覚えていませんが東京都立病院だったと思います」
男は、手にしている紙束を一枚めくった。すると怪訝そうな顔で、もう一枚めくって、一枚戻した。
「橋本昭代、73歳、東京都立病院…間違いないか!?」
男の声が、金属をこすり合わせるような音色に変わった。私は、耳をふさいだ。
「間違いありません!」
耳をふさいでも、男の声の余韻が堂内に響き渡り、めまいがして倒れそうになった。
「しばし待て!」
男は言い残して、堂の奥に入っていった。奥には、眉間にしわを寄せ、目を吊り上げ、鼻が大きく張り、歯をむき出しにした真っ赤な口の、鬼よりも強面の大男が座っているのが見えた。私は、大男に喰われるのではないかと思い、身を震わせていた。
「橋本昭代!」
今度は、金属同士がぶつかるような声で、男が私を呼んだ。私は膝がガクガクと震えてきて立っていられずに、その場にヘナヘナと座り込んだ。
「閻魔王様が、直々に御出ましになる!そこに居れ!」
男の金切り声で言われるまでもなく、私は動くことなどできなかった。ズルッ、ズルッと衣の音を立てて、相撲取りの3倍くらいありそうな大男が、私の目の前に進み出てきた。
「橋本昭代。顔を見せなさい」
私は、恐る恐る顔を上げた。すると、大男は満面の笑みに変わった。
「名前、消しといたから!帰っていいよ~」
私は、意味が分からずに、大男の顔を見ていた。
「アキちゃんだよね!まだ、こっちに来なくていいからねっ」
大男は、私を見ながら首を左右に振って、嬉しそうに堂の奥に戻っていった。
そして、私は病院のベッドの上で気がついた。
「閻魔王様、なぜ名前を消してしまわれたのですか?!」
「だって、僕、アキちゃんの大ファンなんだもん♡」
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