パーティー

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パーティー

パーティーの翔優は、正装の紋付袴だ。 たくさんの人が翔優の写真を撮り、動画を撮る。 まるでアーティスト扱いだ。 伝統曲、聞きやすい現代曲、翔優の得意な曲の三曲を演奏した。 みんなが知っているポップスを入れないのかと言うと「こういう場では、伝統そのものの曲が喜ばれるんだ。自分たちの知らない、エキゾチックなものが求められるんだよ」と、獅堂が言った。 それが”伝統”の力なのだろう。 一曲目は、よくお正月に流れている、厳かな伝統曲だ。 微妙な音の高低、余韻がキレイに会場に響く。 みんな、真剣に聞いている。 曲は徐々に速くなり、厳かさから勢いのある曲調になる。 圧倒される演奏だ。 二曲目は、情緒的な曲で艶めかしい。 主旋律がわかりやすく、ノリやすい。 感情の乏しい翔優が、箏を通すとこんなにも細部まで計算された間をとり、訴える演奏ができるから不思議だ。 三曲目は、技巧の難しい曲だ。 翔優本人は、情緒的な曲より、技巧の細かい曲をかき鳴らすのが好きなので、何時間練習しても、苦でないようだった。 プロを目指したらいいと思うが、その場合三味線もやらなくてはならないらしい。 翔優は三味線には全く興味がない。 翔優はつくづく社会制度に受け入れられない運命なんだろうと思う。 緊張のキの字もなく、翔優は演奏をやり遂げた。 拍手喝采。 なのに愛想笑いの一つもしない。 大リーガーや天才棋士ですら笑顔を見せるのに、困った奴だ。 藤波はフランス旅行の記録としての撮影係を押し付けられていた。 役割的に藤波が妥当だし、翔優の両親やベルナール家に送ると言われれば必要性も感じるから、やるしかないとはわかっている。 だが、僕は写真自体が嫌いだった。 「その瞬間の繊細な感動を味わう機会を失う」と獅堂に反発したら、「翔優との繊細な感動を味わいたいならしょうがない」と言われた。 そんなわけない。 無駄な抵抗をやめて、撮影係になった。 藤波のスマホに、フランスの思い出が増えていく。 翔優の両親に見せるのだから、増えるのはもちろん翔優の写真だ。 改めて見ると、当たり前だが、男らしくなっている。 空港を歩く姿、飛行機内の姿、街歩きの姿。 獅堂やベルナール一家との写真。 獅堂が撮ってくれた僕と翔優の写真もある。 そして、紋付袴で演奏する写真。 翔優は、小5から中2までほとんど社会の接点がなかった。 それがなぜか、今は日本人の代表の一人のようだ。 「わからないものだね」 つい、独り言を言った。 ♢♢♢ パーティーが終わり、部屋に戻る。 翔優は着替えて、着物をキャリーバッグに詰めた。 おやすみ、と言って互いにベッドに横になる。 しばらくすると、またもそもそと気配がする。 当たり前だが、翔優だ。 確信犯だろう。 だが、面倒で、声もかけずに寝た。 やっぱり、付き添いは坂上に頼めば良かった。
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