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チャリティーコンサート
ベルナール婦人主催のチャリティコンサートは、午前からだ。
チケットをもらった人が来て、わずかな入場料を払う。
例のお店の人たちの顔触れも多かった。
募金箱や、物々交換用の棚や、フリーマーケットもある。
笑顔が溢れていた。
慈善の喜びが当たり前に満ちている。
「ショウユウ、みんな日本の箏に興味があるよ。シンプルで美しい楽器だね」
イザークが言う。
至るところに細かで煌びやかな装飾が施されるヨーロッパの文化からすれば、たしかに日本の侘び寂びに心惹かれるのもわかる。
「箏は、龍に見立てた名前がついています。こちらが龍頭、こちらが龍尾で……」
と、翔優が楽器の説明をし始めた。
みんな興味深そうに聞いている。
コンサートが始まった。
歌やピアノ。
珍しいところではリュートも出た。
そして、いよいよ翔優の箏だ。
曲はパーティーの時と一緒だが、心なし、軽やかに聞こえた。
ここでも拍手喝采だ。
翔優はお菓子やちょっとした小物をプレゼントされていた。
翔優が、微笑んでいた。
♢♢♢
夜になり、部屋に帰ってから翔優に聞いた。
「今日のコンサートは、どうだったんだ?」
「はい……。楽しかったです。みんな、喜んでいて」
「昨日だって、みんな喜んでいたよ。でも、今日の翔優は昨日と違ったように感じた。何か、違いがあるのかい?」
「……パーティーは、ちゃんと演奏しなきゃ、と思っていました。コンサートは、みんなを楽しませたいと思っていました。演奏しか、してないですけど」
翔優の関心が、”演奏”から、目の前の”人間”に移ったのだ。
「そういう意識が変わって、翔優自身は、楽しめたのかい?」
「……はい。コンサートでは、みなさんと気持ちが通じあっているように感じました」
「それは、僕も感じたよ。見えない誰かの幸せを願う気持ちは尊いね。僕たちにも、その祈りが降り注いだ気がしたよ」
藤波はいつも、自分の中に冷え冷えとした湖があるように感じていた。
どんなことがあっても、ただそこに波紋が広がるだけで、何も変わらない。
だが、今日、藤波は初めて”温かい気持ち”と表現されるようなものを感じた。
♢♢♢
その日の夜も、翔優は藤波のベッドに入ってきた。
どういうつもりか聞くか迷ったが、聞くのはやめた。
聞いたところで、期待に応えることはできないから、聞くだけ無駄だ。
翔優はいつもよりもピッタリと背中にくっ付いてくる。
坂上だったら……
相手にその気があって、ここがフランスであることをいいことに、手を出すかもしれない。
残念だったな。
僕は女にも男にも性愛を感じない。
藤波は、自分がそういう感情がすっぽりと欠けている人間だと自覚が出てきていた。
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