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気がつくと彼の部屋の前でボーっと座っていた
ずっとトイレの中で絶望してたはずなのに…
無意識に、縋るように彼のマンションに来てしまっていたらしい
誰も通らない、冷たい風が吹き抜ける廊下で、彼の部屋の扉を背に蹲っていた
どうやって来たのか全然記憶にない
どれくらい、ここに居るのかもわからない
ただ、カタカタと震えながら、肌が氷みたいに冷たくなっているのがわかる
上着を忘れたせいもあるが、2月の夜にセーターとジーンズだけの格好で居るのは流石に寒い…
冷たすぎて白くなった指先を温めるように息を吹き掛ける
真っ白な吐息は、一瞬だけ手に温もりを与えてくれるけれど、すぐに冷たい冷気のせいでさっきよりも冷たく寒く感じてしまう
「なんで、来ちゃったんだろ…」
口から溢れた声は、掠れて小さくて、誰の耳にも届かなかった
ずっとここに座っていたせいで、お尻も冷え切ってしまって冷たい
別の部屋の人が不審に思って、ドアの隙間から覗いてくるのが見え、小さく会釈をする
帰ろ…
あいつに見つかる前に帰らなきゃ…
なんで来たんだって言われたら、今は言い訳も思い付かないし…
凍えて硬くなった身体を擦り、グッと立ち上がる
身体を伸ばすとパキパキと関節が鳴り、自分でも思ってなかった程、長時間ここに座り込んでいたんだとわかり自嘲的な笑いが出る
「身体、あんまり冷やすと悪いよね…」
ほんのりと暖かなお腹を無意識に撫でて呟く
コツコツと真新しい革靴で歩いてくる足音が廊下に響き渡る
ちょうど立ち上がって帰ろうとしたオレと、仕事から疲れて帰ってきた彼の視線が合ってしまう
「お、おかえり…」
沈黙が怖くて、つい声を掛けてしまい内心後悔してしまう
オレと目が合った彼は、あからさまにめんどくさいと言う表情をしていて、はぁぁぁ~っと盛大な溜息を吐いている
「おい、またいきなりヤリにきたのか?悪いが、今日は疲れてるからその気はないからな
さっさと帰るか、寒いから部屋に入れ」
彼の冷たい言い方に何故か今は安堵を覚える
いつもなら、あんな言い方しなくていいだろって文句を言いたくなるのに…
「あ~あ、せっかくこの寒い中待ってたっていうのに、嫌な言い方すんなよ」
いつも通りを装い、何でもないという顔で彼に文句を言う
彼に触れないように少し距離って、少しでも顔を見られないように背を向けて
声が震えそうになり、笑顔もぎこちないと思う
でも、出来るだけ平静を装って、いつも通り…いつも通りに…
「はぁ…うるせぇ、用がないなら帰れ」
本当に疲れているのか、オレの顔をちゃんと見ないまま舌打ちをし、部屋の鍵を開けて中に入る彼を横目で見つめる
「おい、さっさと入れよ。寒いだろ」
オレがなかなか入って来ないのを確認すると、再度溜息を漏らしてから扉が閉まる
直ぐに、ガチャッと鍵を閉める音が聞こえ、オレも小さく息を吐き出した
よかった…、これでいい…
今は、言いたくないから…
顔、見られなくてよかった…
今日、一緒に居たら言っちゃうところだった…
冷たい扉に額を付け、もう部屋の奥に行って聞こえないだろう彼に向かって囁く
「ごめんね。絶対、迷惑かけないから…」
扉に当てていた額が冷たくなるのを感じる
混乱して、冷静さが欠けていたオレの頭を冷やしてくれる
「病院に行こう。ちゃんと調べて貰って…今後のことは、その時にちゃんと考えよう」
そっと扉にキスをし、逃げるようにその場から走り去った
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