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「おいたん、ボールとってぇ~」 足下に転がってきたボールを拾い、そのボールを追いかけるようにテトテトと覚束ない足取りで走ってくる3歳くらいの子どもに、視線を合わせるようにしゃがみ込んでから渡してやる 「ありあとーごじゃます」 ボールを受け取った瞬間、ニッコリと無邪気な笑顔を見せる子どもについ笑みが溢れる 「危ないから気をつけるんだぞ」 ポンポンと頭を撫でると少し照れたように笑う顔が、アイツに似てると思ってしまった そんな訳ないのに、何故か親近感まで湧いてくる子ども 俺の子どもの時によく似た顔立ち なのに、ずっと探していたアイツの笑った顔にも似ている 「たくねぇ、パパまってるの おみずとりいくっていってた」 子どもの頭をワシワシと撫でてやると擽ったそうに笑う姿がアイツに似ている 「そっかぁ…でも、子どもひとりをこんな所に残すなんて悪いパパだな」 「パパわるくないもん!おいたんめっ!」 頬を膨らませて文句を言う姿が、アイツに本当にそっくりで、つい側に居てやりたくなる 「じゃあ、お前のパパが帰って来るまで一緒に居てやるよ」 「おまえじゃないよ?たくだよぉ、たく、3さいになったよ」 指を2本立ててピースをしながら3歳だと告げる子どもに吹き出しそうになる 「3歳かぁ~、だったら指はこうだな」 砂で汚れた手など気にせず、薬指を立たせて3になるようにしてやる 自分の指と俺の顔を交互に見てから嬉しそうに笑う『たく』と名乗る子ども 俺とアイツの間に子どもが居たら、こんな感じだったのか…としみじみと考えてしまう 「あ、パパ~!!」 子どもの名を呼びながら慌てたように走ってくる人影が見える 子どもも自分の名前を呼ぶ声に反応し、嬉しそうに親らしき人物に駆け寄って行く 「パパー、えっとね。おいたんがいたよ」 「そっかぁ~、拓遊んで貰ってたのか。ちゃんとお礼言った?良い子にしてた?」 愛し気に顔を寄せて話しかけている父親らしき人を見て驚いた 言葉にしたいのに、声が出ない 明らかに痩せ細り、やつれてはいるが見間違えるはずがない この4年、諦めずにずっと探していたアイツ 急に大学も住んでいたアパートからも消えた スマホもいつの間にか解約していて連絡がつかない 誰に聞いても、理由も居場所も分からず、周りにはもう死んだんじゃないかと囁かれていた 子どもを大切そうに抱えながら俺の方に歩いてくる 「すみません、息子を見ていて下さったんですね。ありがとうございま...」 向こうも驚いているのか、お礼が途中で止まって顔が引き攣っており、いきなり踵を返して逃げようとする 「コータ?コータだよな!おい、逃げんな!」 逃げようとするのを腕を掴んで引き留める ちゃんと食事をしていないのか、痩せ細り、簡単に折れてしまいそうな腕にあまり力を入れることが出来ない 「ひ、人違いです!む、息子がお世話になりました!すみ、ません!」 顔を伏せ、こちらを見ようともしない相手にイライラする 誰が人違いだ 俺がお前を間違うはずがないのに 今でも香る、幸太のフェロモンの香り ずっと求めていたこの匂いを俺が間違うわけがない 「おい、いいからちゃんとコッチを見ろよ」 怯えるように震えている幸太に、つい語尾を荒げてしまう 逃す気は無かった ここで捕まえないと、二度と出会えないと思ってしまったから 腕の中にいる子どもは何が楽しいのか、キャッキャッと嬉しそうな声を上げて笑っている 「おいたん、パパのおともだち?おいたんもいっしょ、おうちいくの?たくのおうち、おもちゃあそぶ?」 子どもの無邪気な笑顔を見て、はぁ...と深い溜息を漏らす 微かに震えている幸太を見ると罪悪感が募っていき、掴んでいた腕をゆっくりと離す 出来るだけ落ち着いた声を意識し 「とにかく、この子どもについても教えて貰うからな ここだと目立つから、お前の今の家に行くぞ」 近くの駐車場に停めてあった車に案内する 最初、幸太はどうしても車に乗ることを拒絶していたが、『拓』と呼ばれた子が「のりたい!」と目を輝かせて言うものだから、小さく溜息をついた後諦めて乗ることにしたようだ 車に乗って喜ぶ子どもと見るからに顔色の悪い幸太の二人を乗せ、言われるままに古いアパートに向かった
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