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陰性であって...
お願いします。陰性であって…
陰性、いんせい、陰性...
「おぇっ...んぐっ、はぁ...はぁ...」
ずっと止まらない吐き気のせいで脱水症状を起こしているのか、目の前が暗くなってしまう
どれだけ違うって願っても、大丈夫だって思っても、消え去ることのない不安に心が押し潰されそうになりながら祈り続ける
先程使ったΩ専用の妊娠検査薬
通常の妊娠検査薬でも良かったのだが、確実に勘違いだって確証が欲しくて、ちゃんと男性Ω専用のモノを用意した
検査薬の結果が出るまで10分も掛からないはずなのに、いつまでも終わらないんじゃないかって不安になるくらい長く感じた
その間も耐えられないような吐き気と立ち眩みのせいで、トイレから出ることができず、トイレの便器に頭を突っ込み、唾液と胃液しか出ないのに吐き続ける...
気持ち悪い
苦しい…
もう、出ないのに…
「おぇっ...うっ、はぁ...はぁ...」
鼻の奥がツゥーンとし、吐き続けた胃液のせいで喉が痛い
終わらない吐き気に涙が溢れて来る
それでも、陰性なら、それでいい。
それなら、ただの体調不良だから...
最近寒かったから、風邪を引いただけ…
タチの悪い風邪を引いただけ…
寝てれば大丈夫、きっと、大丈夫
寝たら、きっと治るから…
病院は、お金かかるから、出来るだけ行きたくない…
薬も、これ以上お金が掛かるのは嫌だなぁ...
「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
吐き過ぎて酸欠になりながらも、陰性だった時のことを考える
大丈夫…
大丈夫…
きっと、勘違いだから…
祈るように何度も「大丈夫」と自分に言い聞かせ
涙で滲む目で、床に転がしていた検査薬を見つめる
恐る恐る手を伸ばし結果を確認した
検査薬の判定表示に、くっきりと出たピンク色の線
妊娠を表す、本来ならしあわせを告げるピンクの線のはずなのに…
オレには、死刑宣告を告げる線に見えた
「なんで…、これって…」
絶望の余りに目の前が真っ暗になり、自分のペタンとした肉の付いていない細いお腹を押さえる
嘘...だ...、いつもゴムしてたし...、終わったらすぐに洗い流してたのに...
ピルは、お金がないから飲めなかったけど、出来る限りの避妊はしていたはずなのに…
「こんなの、絶対ウソだ!間違いだ!これ、偽物だったんだ!せっかく買ったのに!も、もう一度検査すれば…」
慌てて財布を取りに行こうとするも、さっき買った時すら値段に躊躇してしまったのに、またあの値段を出さなきゃいけないのかと手が止まってしまう
「どう、しよう…こんなの、絶対、絶対…無理なのに…」
絶望的な結果に涙が溢れ出し、持っていた検査薬が手の中から滑り落ちる
カタンっと音を立てて床に落ちる検査薬を見て、落ち着こうと深く息を吐き出す
病院、行かなきゃ...
検査薬で陽性って出ても、間違いってあるし…
もしかしたら、見間違いなだけかもしれないし…
この検査薬が不良品だからかもしれない…
ちゃんと検査すれば、妊娠してないってわかるかもしれないし
うん。大丈夫。今月の食費を全部回せば病院くらい行けるはずだから
大丈夫。きっと、大丈夫。
祈るようにお腹を撫でながら何度も自分に言い聞かせる
でも、ホントに出来ちゃってたら…
本当に、オレのお腹に赤ちゃんがいたら……
不安が頭を過ぎり、カタカタと小さく震えてしまう
自分を抱き締めて震えを止めようにも、不安が押し寄せてきて涙が止まらない
「もし、間違いじゃなかったら…堕さなきゃ…」
思い詰めた声が、誰も居ないボロアパートの部屋に響く
あいつには、絶対バレないようにしなきゃ…
あいつには、拓也には…バレないように隠さなきゃ…
どうして…どうして…オレは、幸せにはなれないの…
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