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レンタカーを借りて迎えに行った隆督を、空港から家に連れ帰る車中。
いつ口火を切ろうかと、オレは思いあぐねていた。
どういう風に伝えようか、ずっと考えていた話。
隆督がアメリカに発つ前も、すこしずつムギに「衰え」のようなものは見え始めていた。
もう十歳を超えている。
超大型犬にしては、「御長寿」といっていい年齢だった。
だからこそ隆督も「ムギを頼む」と、言い置いて行ったのだろう。
酷暑を経て、ムギは秋からグッと弱っていった。
散歩も次第に億劫がるようになって、日中もウトウトする日が増えてくる。
オレとしては、できるだけムギの気が向くときに、外に連れ出すように気を付けた。
たいていは朝。
けど、もし表に出たそうにしていたら、残業を終えた後でも、オレはデカ犬を連れ出した。
生活の中で、オレはそれを、他のなによりも最優先にした。
あいかわらずプチ社畜な生活だったから、ボロボロのクタクタで帰宅する日も、それなりにはあった。
でも、いつだってムギは、玄関先までオレを迎えに出てきてくれた。
出ようとしてくれた。それには、本当に救われた。
時折のテレビ通話で、少しずつは、そんなムギの話もしていたけど。
あのデカ犬はさ。
通話の最中だけは、しゃっきり元気そうな顔して映り込んできやがるんだ。
ホント、賢い……やさしい犬。
「なあ、ムギ。今日さ、隆督、帰ってくるからな」
うたたねをしているムギに、そう声を掛けた。
「これから迎えに行ってくる。待ってろよ」
そう言って、ムギの頭を両手でわしゃわしゃと撫で、オレは家を出た。
*
フロントグラス、高速道路の車線をまっすぐに見つめながら、オレは助手席の隆督に話しかける。
「ムギさ……ちょっと最近、調子崩しがちなときがあってさ」
隆督は黙っていた。
黙ったまま、静かにオレの左頬に視線を向けていた。
オレは続ける。
「割と、ウトウトしてるコトが増えてきたかな。それで今日はさ、一緒には来なくて、家で留守番してもらってる」
「そうですか……」
隆督が応じた。
「ムギも、もう、いいおじいちゃんですからね」
冷静な顔。
でも瞳は、急に少年めいた色に変わっていた。
だからすぐに、澄ました表情は「ポーカーフェイスのヤセ我慢」だと分かって――オレは。
左手を伸ばして、クシャリと隆督の頭をひとつ撫でた。
*
荷物を下ろしやすいように、正面ではなく車寄せがある方の玄関に車をつける。ってかこの家、一体、幾つ玄関があるんだか。
めったに使わないその入口から家に入れば、ムギが出迎えてくれていた。
「ムギ……」
まさに「万感の思い」といった隆督の声。
そして、ギュッとムギの首に抱きついた。
しばらくの抱擁の後、隆督が歩き出せば、ムギもその横をついていく。
その足取りは、いつもよりもシッカリしているように見えた。
「トシ」ってだけじゃなくてさ。
なんだかんだで、コイツも相当に「寂しかった」のかもな。
これでまた、ムギもすこし、元気を取り戻してくれればいい――
そんな風にオレは願う。
*
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