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ギリシア首都マグラダにて
「貧乏人!」
「うるさい!」
授業後、柳の木の下でパンとりんごを食べていたラルフを、貴族のガーリンソンとグラナスが挑発した。
「パンとりんご?ロバじゃあるまいし」
「なんで貧乏人が授業なんて受けてんだよ?その前にちゃんとした飯が食えるように働いたらどうだ?ま、その骸骨みてえな体じゃどこも雇ってくれねえか!」
自分たちの言ったことに腹を抱えて笑う2人にラルフは腑が煮え繰り返っていたが、全力で自分を押さえ込む。
何人かの貴族が足を止め、はたから見ていた。そのうちの半数はにやけ顔をラルフに向けていた。
だんまりを決め込むラルフに対し、ガーリンソンは癪に触ったのか
「なあ、ラルフ。わかってねえと思うがお前みたいな貧民は授業を受けるに値しないんだよ。さっさと消えてくれねえか?」とラルフに言葉の矢を刺す。
彼もラルフと同様、金髪であった。ただ、質感が天地の差だった。ラルフの髪は箒でといたかのように傷んでいる。まるで動物の毛だ。
「俺たちだけじゃないんだぜ、お前を汚らわしいと思っているのは。オスカーやケビンだって、ほら今こちらに向かってこられるエミリアだって…」
ゆっくりと1人の容姿端麗な女性が向かってきていた。腰付近まで伸びた黒髪は歩くのにあわせて全てが同じ動きをし、青色に光る瞳は恐ろしくも誰彼構わず心臓を射抜く。
「お前を汚らわ…」
「汚らわしいのはあなたよ、ガーリンソン」
ぴん。糸が張ったのが見えた。その糸が中庭に集まっていた全生徒の動きを完全に封じた。糸は完全に体に食い込んでいる。動けば切れてしまう。
唐突に発せられたその言葉に空気は冷え込む。
その場にいた貴族の皆が緊張した。
エミリア=ヘクトール。彼女も立派な貴族の娘だ。
すたすたと華麗にやってきたエミリアは、きっ、とガーリンソンの目をとらえて離さない。
「聞こえなかった、ガーラン?汚らわしいのよ。さっさとどこかへ行ってちょうだい」
ガーリンソンは理解が追いつかず、唖然とした。
数秒おいて彼は理解した。彼はたった今、侮辱を受けた。あろうことかエミリアに…
深淵が彼を包み込む。深く深く彼を飲み込んでいく。
彼は顔色を失った。そして彼は、今多くの貴族の面前であることも、自分の貴族としての立場も忘れて、エミリアを殺すことしか頭になかった。
屈辱だ。
一歩踏み出したガーリンソンはそこでわずかに正気を取り戻した。後ろから声が聞こえたからだ。
「お前は貴族どころか男失格だな」
…は?
今の声はラルフか?
ガーリンソンは振り返っていまだに血の気の失せている顔をゆっくりとラルフに向けた。
「今怒りでエミリアを殴ろうとしただろ」とラルフはガーリンソンを恐れることなく平然と言う。
完全に。
…殺す。
貧民のクズが。
こんなにこけにされたのは生まれてはじめてだった。平民の中でも最底辺のラルフに俺は下に見られたのか?俺は貴族だぞ?
…。
ガーリンソンは笑っていた。完全に我を忘れて怒っていた。
「ようしわかった。お前は殺す。絶対に殺す!貧民のクズ!」
背丈はラルフとさして変わらない。
されど多少自分の方が肉付きがよい。
確実に勝てる。そして確実に殺す。
ガーリンソンは、いまだに柳の下に座り込んでいるラルフの元へ、はやる気持ちを抑えながら向かっていこうとした。
⁈
体が動かなかった。
すぐ後ろにグラナスがいた。
お前は何で俺を掴んでいるんだ?
グラナスが怯えた表情をしてガーリンソンの左腕と右肩を掴んでいた。
グラナスは震える声で
「ガーラン、よそう。みんな見てる」とだけ言った。
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