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3.SNSと寝言
あの日、バイト先の中華料理屋で出会ってから、ユウヒはカイトの前にしょっちゅう姿を現すようになり、気が付いたら家にまで入り浸るようになってしまっていた。
正直……眩しすぎる太陽が近くにあるというのは落ち着かないものだが、ユウヒに向かってそんなことは当然言えない。
今日も、泊ってもいいか、の一言もなく、ユウヒは当たり前のような顔でシャワーを浴び、カイトのスウェットを着、すっかり寝る体制を整えた状態でスマホを睨んでいる。
「こういうのほんとよくわかんないわ」
小さく体を縮めるようにしてスマホの画面を眺める彼の、スウェットの襟元から覗くすんなりとした首筋がやけに白い。どきりと鳴る心音をペットボトルの水と一緒に飲み下し、カイトは彼の手元を覗き込んだ。
「なに? SNS?」
「そ。事務所からやれって言われてさあ」
今の世の中、人気の裏には拡散力も必要だ。俳優として世に出る以上、そうした能力を求められるのもわからなくはないが、ユウヒにSNSを器用に運用する能力が備わっているとは、カイトには思えなかった。
「前から思ってたけどさ……あの、『おなかすいた』って投稿、なに」
「……カイト、俺のアカウント、見てるの?」
「まあ、ついでくらいに」
嘘だった。実はがっつりチェックしていた。が、チェックするまでもないな、と思い始めてもいた。
投稿される文言はたいていが、『おなか、すいた』なのだから。
「お前がそんなだからお前のアカウント、グルメ情報と飯テロの墓場になっちゃってるだろうが。こんなんで事務所はいいって言うのかよ」
「いや〜……いいとは言ってないけど。でもみんな楽しんでるっぽいし、問題ないだろ」
確かにユウヒがおなかすいたを投稿すると、集うファンは皆、楽しそうではある。美味しい食べ物を通し、暖かい交流がなされているらしいのも見て取れる。
しかし、毎回毎回、おなかすいた、はどうなのだ。
「食べても太りませんアピールに見えるかもしれないし、あんまりやり過ぎるのもよくないんじゃないのか」
「実際、それほど太ってないし」
興味をなくしたようにぽい、とユウヒがスマホを投げ捨てて言う。おやすみ、とあくび交じりに呟いてそのまま横になったユウヒは、いつも通り、ベッドの片隅ですぐに眠りに落ちた。
規則正しい呼吸音を聞きながら、カイトはため息を漏らす。
ユウヒが……心を許してくれるのは嬉しい。しかし、一方でユウヒの気まぐれはいつまで続いてくれるだろうかと考えてしまう。
事務所の言いつけには従っているようではあるが、基本的に彼は自由だ。気ままでのんびりしていて、やりたいことをやりたいようにやる。そんな状態でちゃんと仕事ができているのかと心配にもなるが、生来のなつっこさもあって問題にはなっていないようだ。
けれどそれは裏返せば、居心地の良い相手がほかに見つかれば、根城をいつだって変えられる環境に彼はいるということにならないだろうか。
今はカイトの横にいてくれる。恋人ではないし、友達かどうかさえ怪しい。でもなんだかんだいって一週間のうち、半分近く、この家にいる気がする。
カイトには……ユウヒがどうしてそんなにしょっちゅうここに来るのか、理由がわからない。
訊いてみようかとも何度か思った。しかし、下手なことを訊いてここにユウヒが来なくなったら嫌だ。
おかしなものだと思う。彼はカイトに夢を諦めさせた元凶であり、彼を目にすればどうしたって捨てた夢の残滓を引きずってしまうのに、それでもそばにいたいと願ってしまうなんて。
苦いため息をついたとき、むにゃむにゃとユウヒがなにか言った。
「なに?」
問いかけたカイトの耳に、声が落ちた。
「カイト、好きだよ」
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