第八章 奇跡の還る場所

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「どうしたの?」 「何でもねえよ。ちょっと考え事してだけー。それより、雫はどっか行くとこ?」 私の視界に入ったのは、いつもどおりの春陽くんの横顔。 だけど、どこか無理をしているような立ち振る舞いで、表情も影を落としているように感じられた。 「私は……売店に向かうとこ」 「なら、一緒に行かないか? 俺、今日は学食なんだー」 胸に残った違和感。 それでも――いつものように何事もなく笑っていたから、私はこの時、春陽くんの隠されていた本心を見抜けなかった。  「うん、いいよ。一緒に行こう」 私は春陽くんと談笑しながら、階段を降りて売店に向かう。 売店は食堂の隣にある。 春陽くんと別れた後、ふと先程のことが頭に浮かび、私は少しだけ身体の奥が熱を帯びていくのを感じていた。 大切な人たちの過去に踏み込むのは本当に勇気がいることだ。 どう切り出せばいいのか分からず、迷いが生まれる。 もし、何か隠されているのなら――それを知った時、どうなってしまうんだろう。 いろんな想いが絡まって。 春陽くんの本当の気持ちが見えなくなって。 何が正しいのか、分からなくなる。 答えが出ない疑問を抱えたまま。 放課後、私は人気のない校舎裏で春陽くんを待っていた。 「雫!」 やがて、よく通る男の子の声が校庭から響く。 私が視線を向けると手を振りながら、整った顔立ちの男の子がこちらに走ってくる。 「春陽くん」 私は思わず、弾んだ声をもらした。 距離が縮まれば縮まるほど、鼓動が慌ただしくなっていく。 「遅くなってごめんな」 駆け寄ってきた春陽くんが私の傍に立つ。 端正な顔がゆっくりと私の方に向き、嬉しそうに笑った。 もう放課後だ。 部活動をしている人以外に、校舎に生徒はいないはずだ。 もしも、他の人に聞かれたら、春陽くんたちの『共依存病』の症状について、波紋を広げることになってしまう。 「春陽くんが聞きたいことって……はるくんのお母さんのことだよね?」 私の前置きが、夕暮れの風にさらわれていく。 「春陽くんたちのお父さんが言ったとおり、『共依存病』の真実は知らないままの方がいいのかもしれない……。それでも春陽くんは……真実を知りたい?」 「ああ。それでも俺は――いや、俺たちは真実を知りたいんだ」 「もしかしたら、すごく信じられない話かもしれないけど……」 「俺たちは信じる。多分……な」 春陽くんは真剣な眼差しでそう応えた。
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