9人が本棚に入れています
本棚に追加
第十章 いずれ訪れる未来
「これでよしっ! 準備万端!」
夏祭りの日の夕方、浴衣の支度を終えた私は、笑顔を絶やさないまま階段を降り、リビングに入った。
ソファーでくつろいでいたお母さんが、浴衣姿の私を見て立ち上がった。
「雫、綺麗!」
「本当?」
「本当よ、本当。でも、雫の場合、可愛い方が合っているかも」
「もう、お母さんったら」
私が肩を揺らして笑うと、お母さんも声を立てて笑った。
ふと、リビングの時計を見上げると、待ち合わせの時間が刻々と近づいていた。
「じゃあ、私、そろそろ行ってくるね」
「分かったわ。それじゃあ、気をつけて行ってきてね」
「うん、行ってきます」
私は家を出ると、駅前のバスターミナルからバスに乗って、祭り会場である神社に向かった。
バスを降りると、目の前に飛び込んでくる光が、私の視界を橙色に染め上げる。
「綺麗……」
美しい夏の夜空に映える、色鮮やかな提灯。
空はすっかり暗くなり、橙色の提灯が至る所に下げられている。
淡く光の灯ったそれが、祭りの雰囲気を一層際立たせていた。
今日はこの辺りでも規模が大きいと言われている夏祭り。
篝火が焚かれ、出店が立ち並ぶ。
普段は閑散としている神社がここぞとばかりに人でごった返している。
私は鳥居の近くにあった幹に寄りかかり、木陰の下でぼんやりと祭りの風景を眺めた。
「しずちゃん、お待たせ!」
鳥居の近くでみんなを待っていると、ねねちゃんが弾けたような笑顔で現れる。
桃色の花柄の浴衣姿。髪も結ってあって、花の髪飾りが揺れていた。
「ねねちゃん、綺麗!」
「えへへ、ありがとうー。しずちゃんも綺麗!」
私とねねちゃんは顔を見合わせるようにして笑い合った。
私たちの笑い声が、風に乗って屋台の方へ流れていく。
「今日はあきくんの日かなー。それとも、はるくんの日かなー」
「ううーん。実は私もまだ、分からないんだよね」
わくわくと喜びの声を上げるねねちゃんに、私は困ったように答える。
今週は先週と違い、春陽くんから届いたメールの内容は、今日も秋斗くんの方の身体で目覚めたので学校に来れないという内容が多かった。
もしかしたら、春陽くんの時間はあまり残されていないのかもしれない。
最初のコメントを投稿しよう!