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視線の先に、どっかで見たことのあるアタマがある。
そのアタマはーーこれもどっかでよく見たことのある、白くて長い首の上に乗っかってた。で、その髪型は、ツヤッツヤの黒髪のおかっぱ。
床屋、いや、美容院にでもいったばっかなのか、綺麗に切りそろえられてて、ヘンなトラの絵柄が背中に描かれてる、古着っぽいちょっとイケてる水色のスウェットを着て、その下はダメージドの太めのデニムを履いて、それと厚底のスニーカー。
……ありゃ、どこからどう見ても、鷺沢だ。
その鷺沢は、通り沿いにあるオープンカフェの手前の席に座ってた。でーーその向かい側には、ポルトガルのクリスティアーノ・ロナウドみたいな髪型した、ジャケパン姿でメガネかけた男が座ってる。
……つーかあいつ、何やってんだ。
その男は、ホットコーヒーをときおり口につけながら、しきりに鷺沢に語りかけてた。当の鷺沢は、その話を聞いてるのかいないのか、表情が見えないからわかんないけど、微動だにせずにその人の方を向いてる。
……おれは、そのとき軽く興味が湧いた。
そのカフェから出てくる様子が確認できつつ、視界にも入らない少し離れた電柱のウラのあたりを選ぶと、そこでしばらく待ってみることにした。ちょうど背中のリュックの中には、さっき来るときに古本屋でゲットした、文庫本が入ってる。
電柱に寄りかかってそれ読みながら、三十分くらいそこで待った。
と、ちょうど一章を読み終えたくらいで、鷺沢とその男が店から出てきた。おれは文庫を閉じてリュックにしまうと、その電柱のある角からちょうど曲がってきたような、そんなフリをして、二人が向かって歩いてくる方へと歩き出した。
ポッケに両手を突っ込みながら歩いて、偶然鷺沢と出くわしたような、そんな視線を送ると、向こうは少しハッとしたあとで、軽くうなずくとそのまま男をともなって歩いてった。歩きながら振り返るとーー同時にそのクリスティアーノ・ロナウドもこっちを振り向いてて、妙に強いような、そんな真剣なまなざしでーーこのおれを見つめ続けてた。
おれはしばらく、そのロナウドと目を合わせると、向き直った。
もう一度、「サテライト」の方まで歩きながら、なんだかいけすかねえな、って思ってた。
角の自販機のあたりでもう一度振り返ると、二人の姿は見えなかった。休日のピーカン天気の学大のこの時間は人が多くて、それも仕方ない。
おれは自販機でエビアンのボトルを買いながら、さっきのロナウドのあの表情を思い返してた。
あの目ーーいままでどこでも、夜の渋谷でも見たことのないような、そんなあの目。
それにおれは、ちょっとヤバいような、そんなものを感じてた。
その翌日の、昼休み。
おれは昨日学大で買った文庫持って、屋上に向かった。
もしいるなら、それはそれでいいし、いないならいないでそれでもいい。そのくらいの気持ちで行くと、ビンゴ、って感じでーー制服の上に黒のパーカーをフードから被った鷺沢が、いつものように手すりに寄りかかって、一人で本を読んでた。
おれはとくに声をかけるでもなく、少し離れた場所に立って、黙って持ってた本を開いて読み始めた。しばらくすると鷺沢が、
「……なに読んでるの」
って聞いてきた。
これもビンゴ、だ。
丸谷才一、って答えると、少し首をかしげたあとで、その人のなに、って聞く。
「樹影譚」
そう答えると、また軽く首をかしげたあとで、
「面白い?」
って聞いてきた。
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