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いまのところ、私のお気に入りナンバーワン、のそのコトバ、「擦過」を試しに広辞苑で引いてみると、
かすること。すりむくこと。
とある。
……そう。この感じだ。
私の感じる渋谷の街を、もっとも正確に、このコトバは言い現してる。
目前のスクランブル交差点を行き交う人々は、まさに「擦過」し合っている。でも、そのつどみんなが負っている「傷」のことはーーその誰一人として気づいてはいないのだ。
でも、それは知らない間に心の深い深い場所にーーまるで澱のように、どんどんたまってく。
そしてたぶん、いままさに、人の波の中を「擦過」し続けていく鷺沢さんも、きっとそうなのだ。
夕闇は、次第にその色を深く濃く変えていくし、週末の渋谷のこの人の多さにも助けられて、自分が彼女のあとをつけていることを気付かれるおそれはない。
そして私は、彼女がいまどこに向かっているのかも知っているのだ。
鷺沢さんは、文化村通りをもと東急百貨店のあった方に向かって歩いて行った。その歩き方は、とてもキレイだ。きちんと前を向いて、背筋がシャンと伸びている。
そんな彼女の後を追って、私も人々のあいだを次々と「擦過」しつつーー私のそのとき受ける「心の傷」は、そのつど確実にカウントされていくーー急にかゆくなってきた右手首の痕を、爪先で掻き続けていた。
#6に続く
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