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まあ、私もご多分にもれず、そうっちゃそうなんだけど、ただ自分のバアイ、少し毛色が違う。
というのも私のバアイーー彼のことを考えれば考えるほど、ゆううつになってしかたないのだった。
……そう、つまり、それは有野重和くんのことだ。
先日、学校の校舎の屋上に彼に呼び出され、ああいうふうなことを言われていらいーー私は毎朝乗る東横線の乗車位置を変えるようになっていた。
……え、なんでかって?
だって彼は、等々力駅から私のいる車両に乗ってくるとーー自分のすることを逐一監視するようになっていたからだ。
でまあ、仕方ないから、違う車両に移ったわけだけど、しばらくそうしてると、今度はその車両にド真面目な、陰気な顔して乗ってくる。
これじゃあ結局、イタチごっこになってしまうから、あとはもう乗る電車自体を変えるしかないんだけど、正直なところ、なんかもう超メンドくさくって。
でもまあ、あのとき、「だったらやめさせてみろ」なんて逆ギレして言い返してしまった、この自分も悪いんだけどね。マジで超反省してます。
このことってでもさ、ぶっちゃけ舞にも相談できないから、余計に困るんだよね。だって、そもそも電車の中でそんなことしてるアンタが悪いんじゃん? なんて、ゼッタイ返されるに決まってるしさ。
……ホント、マジで誰にも相談できない。
今日の朝は、一見有野くんの姿は見えないので、私はちょっとホッとしつつ、いつものように満員電車に乗り込むと、つり革握って窓の外を見てた。
十二月に入って、もう今年も終わりかあ、なんて思うことは思うけど、いっぽうで何も終わってなどいず、むしろ何かが始まってしまった、っていう、そんな気持ちの方が正直強い。
……でも、いったい何が始まってしまった、というのだろうか。
有野くんの姿が見えないので、また私は例によって、いつもの物色を始めていた。都合のいいことに、今日の私の周囲は男の人ばっかりだ。
みんなスマホを見たり、目をつむってただつり革を握ってたり、折りたたんだ新聞を読んだりしてる。
その中からなんとなく、一人の四十代くらいの、ちょっとおしゃれな全身黒づくめの、デザイナー風の男の人に私は目をつけた。
それで少しずつ、手を伸ばしかけた、まさにそのときだった。
最初は気のせいかな、って思ってノンビリしてたんだけどーーそのうちだんだん、気のせいどころの騒ぎじゃないぞ、って気づき始めていた。
……どうやらさっきから、誰かが私のカラダを触っているのだ。
今日はハンパなく電車が混んでて、ちょっと周囲を見渡して確認する、ってことができない。はじめのうちは、その相手の手の甲が、私のお尻のへんにあたってるって感じだったのが、いつしかその手が逆を向いてーー確かに撫でさすってる、っていう、そんな確信に変わっていた。
っていうか、正直にいうと、私はこれまで、自分が知らない相手から痴漢される、って経験がなかった。これが、生まれて初めて、ってわけだ。
ちなみにこないだの鉄の一件は例外中の例外だし、知らない相手、なんてこともない。
朝日がのぼって目が覚めて、夜日が沈んで眠るように、ごくごく自然に、まずは私の内に、強烈な嫌悪感と拒否感が起きていた。
それですぐにも声を上げて、やめてください、って訴えようと思ったところで、私はふと、待てよ、って思った。そして強くつり革を握りしめた。
普段、自分がしていることを思うとーーはたしていたずらにそうしてもいいのだろうか。
何かそれは、ものすごく身勝手な、そんなことのような気がしてくる。
ようするに、自分もまた、これを甘んじて受けるべきなんじゃないだろうか。
こういう風に考えるのって、もともとの自分のセーカクからきてるのだろうか。
そうかもしれない。
というのも、私はそんなに、フダンから女の子女の子されるのがあんまり好きではないしーーそのかわり、正確にそのぶんだけ、女の子、って範疇から自由になりたい、そう思うタチだ。
もちろん、私はれっきとした女の子だし、女の子をやめたいなんて思わないし、女の子であることを愛しているしーー代わりに男の子になりたい、なんてことも思わない。
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