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ちなみに、私の一番ニガテなタイプは、女の子であることの特権をゼッタイに手放すことのない、男まさりな女の子、なのである。
まあそれはともかく、私は満員電車の中でつり革を握りながら、そんなことを繰り返し考えつつーー知らない誰かからの痴漢にジッと耐えていた。
たぶん、ハタから見るとそのときの私の顔は、苦虫をかみつぶすどころの騒ぎじゃなくーーかみつぶされた苦虫そのものみたいな、そんなブ◯イクな顔だったと思う。
そうやって耐えていることは、でもその相手に対して、私がその行為を受け入れている、っていう、そんなメッセージにきっとなるんだろう。
その手つきは、だんだんとエスカレートしてきた。
もう、限界、そう思ったときだ。電車が降車する駅に止まり、扉が開いた。
乗客がいっせいに吐き出されてゆくその流れに乗って、まずはその場から急いで離れることを優先してしまった私は、自分を痴漢していたその相手を確認することを忘れていた。振り返ってみると、さっきのあのデザイナー風の人と、メガネをかけたサラリーマン風の人と、同じくサラリーマン風の少し小太りの中年の人がいる。
……この三人の中の、誰かなのだろうか。
それとももしかしたら、相手も同じこの駅で降りる人でーーもうすでにどこかに姿を消してしまったのかもしれない。
私は降りた電車の扉が閉まるまで、その場でジッ、とその車内の三人を眺めてた。あんまりその目ヂカラが強かったからか、中年小太りの男の人が、チラッと困惑したような顔でこっちを見てくる。
自分のカラダをまさぐっていたその手は、とても大きかったのを、覚えてる。ちょうどあの鉄と同じくらいーーあいつハンドボールやってるしねーー
そんなことを考えていると、背中のへんに人の気配を感じた。振り返ってハッとする。
すぐ目の前に、有野くんがいたのだ。
私はギョッとして、少し身をのけぞった。たぶん、こないだ兄貴の譲が唐突にお母さんのスマホにラインで送ってきたYouTubeの動画で見た、漫才やってるころのむかーしのビートたけしみたいなーー超ヘンな髪型のーーそんなリアクションだったと思う。
私は有野くんが自分に対して何を言ってくるか、大方の予想はついていた。そしてそれは、案の定だったのだ。
「……また、やってたのか」
そう彼は言ってきた。
……ちょっと待って。そう言い返したい気持ちを、私はすんでのところでこらえた。続けて、違う、されていたんだ、そう言ってやりたい気持ちも、噛んでるガムを無理やり飲み込むみたいにして飲み込んだ。
だって、もしそう答えたなら、それはそれでメンドくさくなりそうだったし。
ちょうど私と同じくらいの背丈の有野くんは、さっきから怒ってるのか悲しんでるのか、泣いてるのか笑ってるのか、それらが全部入り混じったような、そんな顔で私を黙って見続けていた。
私はただ、
「違う」
とだけ答えてーー学校へと向かう生徒の流れの中に、すばやく混ざり込んでいった。
その、翌日の朝。私はまた、同じ電車に乗っていた。
今日も、有野くんの姿は見えない。でも、昨日のことがあったのでーーいもしないその存在に対して、やっぱり警戒せざるを得なかった。
私は平静を装ってーー周囲を見渡してみた。ザッと男性三人に女性一人、くらいの割合だ。混み具合はいつものとおり。
フダンなら、すぐにいつもの物色を始めるとこなんだけど、いまや私のカラダはスタバのフリーWi-Fiでネット接続された、四本線ピンピンのクロミちゃん型ケースに入った舞の愛用スマホみたいな、そんな感度抜群の状態になっている。
そして澄ました顔で、窓の外を見ているとーー昨日とまったく同じ感触を、私のお尻に感じた。
……息を飲んだ。
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