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あんまり昼の弁当を残し続けるのもなんだか母さんに悪いし、妙な心配をさせるのもあれなので、これから公園のベンチにでも座って、カップみそ汁か何かを買って食べてから帰ろうと思っていると、ふいにどこかからの視線を感じた。
見ると北島舞が、開いた教室の扉に寄りかかり、腕組みして僕の方を見ている。
それから、指先を軽く曲げてこっちに来い、というような合図を送ってきた。
あまり同じ高校の生徒が行くことのない、学校の近くにある神社の脇の公園に北島と向かうと、そこのベンチに腰を下ろした。コンビニで買ったスタバのカフェラテを、北島は飲んでいる。
僕が膝の上に昼の弁当を広げると、でもなんで、いまからそんなものを食べるんだ、と聞いてきた。
「ヘンなの。それじゃあこれから、おうちで夕ご飯食べれないじゃん」
北島は自分のカフェラテを買うときに、何かおごってやると言って聞かなかった。それで結局、僕がしじみ入りカップみそ汁を選んだわけを、ようやく知ったようだった。
湯気のでるそれをすすりながら僕は、正直に鷺沢のことを考えると食欲がわかないのだ、などと答えるのもしゃくなので、黙って箸で卵焼きを突き刺すと口の中に入れた。
「……ねえ。ちょっとさあ、有野くんに、お願いがあるんだよね」
足を組んで、カフェラテをストローで飲みながら北島が言った。
「なんだよ、お願いって」
「……あんたってさ。好きなんでしょサギのことが」
口の中の卵焼きが、木屑のようなものに変わった。僕はそれを無理やり飲み込むと、
「なんだよそれ」
と答えるので精一杯だった。
「いまさら誤魔化そうなんて、もうムリだからね。で、それを見込んでちょっと、お願いがあるんだ」
「だからなんだよ」
「今日のハナシ、あんたも聞いてたでしょ? あの子たぶんーーっていうかゼッタイ、そのパパ活相手の男の人と会うよ」
「……」
僕は鼻をすすって、正面にあるブランコを見た。ベビーカーを押す母親が、一人の女の子を遊ばせている。
「私、入学いらいあの子とトモダチやってるから、よーくわかるんだ。あの子は間違いなく、その男の人と会ってーーで、そのあとなんかヘンなことに巻き込まれていくような、そんな気がしてるの」
僕はすっかり冷たく固くなった、おかかのふりかかったご飯の一ブロックを口に入れた。でも、なんの味もしない。
味もしないどころか、それまで飲み込んだものが、いまにも胃からぜんぶ逆流してきそうだ。
「正直ーー私一人じゃもうコントロールできなくなってるの。最近もだから、あえて朝あんまり近づかないようにしてるんだ。もうどうしたらいいかわからなくて」
「……」
「で、ちょっと有野くんにも手伝って欲しいんだよね。あの子の監視を」
北島は、心から鷺沢のことを心配しているようすだった。
そしてむろん、あいつから最近の僕のやっていることの事情も、逐一報告を受けているのだろう。
「それは、もうやってるよ」
「もちろん知ってる。でもーーそれはすごく助かるんだけど、どうやら話を聞いてると、なんかあの子に対しては、逆の効果になってるみたいなんだよね」
僕は軽くカチンときて、だったらどうすればいいんだよ、と北島に向かって言った。すぐにそれを察したのか、ちょっと怒らないでよ、などと言い返してくる。
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