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「有野くんには、感謝してるよ。でもーーもうちょっとうまくやらないと、サギには通用しないみたいなんだ。なんせああいう子だから。こういうのってなんだっけ。あまのじゃく、っていうの?」
僕は、あの鉄ちゃんの「放っとけよ」という、無責任極まりない言葉をーーこのときふいに思い出していた。
もちろん僕には、そうするつもりなど毛頭ない。
毛頭ないけどーーそのかわりにどうしたらいいかなど、皆目見当がつかないのだった。
でもとにかく、北島のいうとおりなのだ。僕にも鷺沢がいずれあの男と会うとしか思えないし、何かわけのわからないことにーー考えたくもないけどーー巻き込まれる可能性があるように、思えてならない。
とにかく、すべてが危険なのだ。
このとき、もう一度頭の中に、「鉄ちゃん」という言葉が点灯した。
彼ならーーあの鷺沢と、奇妙な紐帯で結ばれているらしい鉄ちゃんなら、なんとかできるのかもしれない。
でも、全力で僕は、その選択肢だけは避けたいと思った。どうあっても、鉄ちゃんに頼ることだけはしたくない。
この自分が、なんとかしなければならないのだ。
僕はこのときふと思って、北島にこう聞いてみた。
「あの鷺沢の、右手首のヘンな赤い痕ってーーなんだか知ってるかな」
北島は首をかしげると、
「私もちょっと気になってたんだけど、聞いたら最近急にできたんだって。なんかの病気とかじゃないみたいでーーたぶん虫刺されかなにかじゃないか、って」
僕は、このときあの今野聖先輩の名前を、口に出そうか迷っていた。
はたして同じ箇所に、同じような時期にーー同じような虫刺されができるものだろうか?
「とにかく、北島の言うことはわかったよ。自分にできることはなんでもやる」
「うん。でもさ、どうやって?」
女っていうのはーーすぐにこうして、一足飛びに結果だけを求めたがる。で、それができない男をここぞとばかりに見下すのだ。
北島もそのとおり、何も答えずにただうつむく僕を、軽くため息をついて眺めていた。
夕暮れどきに吹く風は冷たくって、さっきまでブランコで遊んでいた子供とその母親は、とっくの昔にその姿を消していた。
3
❇︎
学大の駅から歩いて十分かかんないくらいのところに、その中古CD屋はある。
おれはアップルミュージックとかSpotifyとかのサブスクで音楽聴くのがどうも肌に合わなくてーーそんでこうやってシコシコCDをディグらなきゃいけない、そんなハメになる。まあでもそれも、もちろん好きでやってるんだけど。
最近のテーマは、坂本龍一。YMOはひととおり聴いたんでーー今度は彼のプロデュースワークをチェックしてみようと思って、手始めに大貫妙子のCDを探しにきた。タワレコでバンバン新品のCD買えればそりゃいいんだけど、そんなこづかいはないし、バイトもまだなにしようか決めかねてるし。
そういや、業スーの山上さんには、プルーン買いに行くたびに、鉄くんウチでバイトしろよ、なんてしょっちゅう誘われる。今日も学大来るまえに顔だしたらそう言われた。家からも近いし、そのうち始めるかもしんない。そうすりゃ山上さんとも気兼ねなく話せるし。最近坂本龍一にハマってます、って言ったら、だったらぜひ、フランスの印象派を聴かなきゃ、って言われた。なんでクラシックの棚もチェックしなきゃなんない。マジでこづかいいくらあっても足りない。
結局、大貫妙子の「オ」の字もドビュッシーの「ド」の字も見つからずーーおれは「サテライト」のマスターに軽く会釈して店を出ると、店の前で大きく伸びをして、これからどうしようか考えた。
腹も減ったし、マックでハンバーガーでも食ってから、久しぶりに下北のディスクユニオンにでも行こうかな、なんて考えつつ、駅に向かってぷらぷらと歩いてた。
そのとき、おれはふいに足を止めた。
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